≪18≫
「ヴァミリュウム」
楽しそうだった表情を、トールはすっと隠した。
仲が悪いのか?
「陛下。あまりトゥーリュクェーサの申すことを本気になさるな」
「僕は嘘は言ってないよ」
心外だとばかりにトールは腕を組んでヴァムを睨んだ。ヴァムはそんなトールに笑う。
「嘘は言わずとも、惑わせはする」
「お前に言われたくないよ。鮮血鬼」
だからその物騒な二つ名は何なんだ!?アグーも殺戮卿とか呼ばれてたよな?
「陛下が凶太子に連れ去れたのを見たと部下が知らせたので救いに参りました」
ヴァムはトールを無視して、俺に手を差し出した。ん?救いに?俺は誘拐されたの…か?
「愚かな部下をもって哀れだね。カリ様は進んで僕と一緒に来てくれたんだよ」
ね、とばかりに顔を向けられ…まぁ無理やりにでは無いな、一応…と頷いておく。
「陛下はお優しい。貴様の姿に油断されたのであろう。…陛下、トゥーリュクェーサは陛下を殺そうと画策していた者。油断めされるな」
んー、油断どうこう言う前に警戒しても無力な俺には無駄だな。疲れるだけだ。
「確かにトールが俺を殺す気だったって話は聞いた。今はその気は無いらしいけど…」
それ以上に俺にとっては物騒な考えを持っている。
逃がさない…そう宣言したトールは、不気味だった。絶対にヤバイ。俺の本能が訴えている!
「そう、僕にカリ様を亡き者にしようなんて考えは欠片も残ってない」
「どうだか・・・。陛下、殺戮卿がお姿を探しておりますれば城へお戻りを」
「アグーが?…騒動は片付いたの?」
かなり派手に竜族とやりあってたみたいだけど。
「魔界は我らのホームグラウンド。竜族などに遅れはとりませぬ」
俺の縄張りで好き勝手はさせねぇぜ!・・てことだな。でもそれなら何でアグーが迎えに来ないんだ?
「ここはトゥーリュクェーサが治領。殺戮卿は協定により入れませぬ」
「でもヴァムは?」
「私は螺旋の楔より弾かれた者。傍観者にしかなれませぬゆえ、どの地にも足を踏み入ることが出きるのです」
俺は首を傾げた。意味わからん。
顔に出ていた俺に疑問に、ヴァムは慈しむように笑った。
「今はまだおわかりにならぬとも。こうして陛下に見えた僥倖、何物にも変えがたし」
「全く意味わからんけど・・・まぁ、帰るよ」
そろそろ腹減ったし。
…今度は魚が食卓に乗ってるかなぁ・・・無理だろうなぁ。
「お帰りなさいませ、カリ様」
「ただいま~」
ここを自宅にするつもりは全然無いけどな!!挨拶は基本だ。母さんに死ぬほど叩き込まれた。
「竜族は尻尾を巻いて逃げ帰りましたので、どうぞご安心下さい」
俺の頭の中にでかい蜥蜴が尾をぐるりと巻いた光景が浮かんだ。俺の貧困な想像力ではこの程度だ。だって竜なんて見たことねぇもん。
「腹減ったんだけど」
というわけで、俺は生理的欲求を口にした。
「はい。料理人にはすでに用意を指示しております」
「上げ膳据え膳だなぁ…」
この生活に慣れると元の生活に戻れない気がする。
アグーに連れられてやってきた部屋はランチをとったのとは別の部屋だった。
一回りほど広くて、天井から『これでもか!!』と言わんばかりの煌煌しい巨大シャンデリアが存在を主張している。この城、いったいどんだけ部屋があるんだ?
迷ったら二度と出られないような気がするのは気のせいか・・・。
「どうぞこちらへ」
誘導された椅子へ腰掛ける。
貴族の食事作法なんて俺は知らないんだが…並べられた数々の食器の使い方がわからない。
「お好きなものをお使いいただければ幸いです。ここではカリ様がルールですから」
「いやぁそれはちょっと…」
俺がルールって…迂闊に何も出来ないような…。
戸惑う俺の目の前にスープが運ばれてきた。掬うスプーンは一種類。これを使えば良いだろう。
「うまいっ!」
「御口にあいまして何よりでございます」
材料は何かはわからないが、何かを濾したようなざらざらした食感が残り、それが液体だけのものとは違い口の中にいつまでも残り続ける。より美味しさを味わえる。
スープが薄く緑色をしている…野菜だろうか。
「焼きたてのパンもございますから、お好きなだけお召し上がり下さい」
「ありがと…そういえばさ、トールに聞いたんだけど、アグーたちの兄弟って…たくさん居るのか?」
「たくさん、というほどでは無いかと思いますが…百人程度は」
十分多いって。
「全ての者が魔界に残っているわけではありませんから…カリ様がお会いになりたいと仰られるならば場を設けますが…」
如何しましょうか?と聞かれて俺は勢いよく首を横に振った。
アグーとトールとサリューと…もうそれだけでいっぱいだ。もう要らない。
「左様でございますか。ですが、あと5人ほどはカリ様にご挨拶申し上げなければなりませんのでお許し下さい」
何の挨拶。
…そういうの無しにして、地上に帰りたいなぁ・・・・