≪16≫
親父の苦労も偲ばれるが、よくもあの親父を夜這おうと思ったな。
俺の親父の印象ときたら、無精髭をぼうぼうに生やして、でかい図体を母さんに追い掛け回されている…というものだ。あまりというか、かなり情けない。
しかし夫婦仲は良かった…ような気はする。
「顔はもちろん陛下のほうが可愛いよ」
そんな評価はいらん。
「なぁ、ぶっちゃけ。俺のこと殺そうと思ってたんだよな?」
「うん」
あっさり肯定するなよ。少しは申し訳無さそうにしろ。
「やっぱり俺が邪魔だったから?」
それならそれで、俺が地上に戻るためにトールなら協力してくれる可能性がある。
「違うよ。陛下を見たら引き返せなくなっちゃうだろうなって思ってたから」
「引き返せない??」
何が。どこに?
「僕はね、前魔王陛下の長子なんだよ。一番最初に生まれた子なわけだ」
「それが?」
どうかしたのか。
「アグドメゼドよりも誰よりも僕は長く生きている。ずっと独りで。僕の魔王が現われるまで、ずっと…ルビリクラッサが生まれた時は本当に嬉しかった」
な、何か重くないか?空気が…俺、苦手なんだってそういうの。
「でも、居なくなった。何処にも居ない」
すっと視界が黒くなり、冷気が肌を撫でた。
鳥肌が立つ。
「トール!」
何故か叫ばなくてはならないと感じた。
トールの金の瞳が遠くを見るように視点が定まらず揺らいでいる。
「…ん」
俺の腰ぐらいまでしかない小さな体の腕を掴んだ。腕は細く、冷たい。
「ああ、そうだね」
だから一人で納得するな。俺にわかるように話せ!
「居なくなったけど、陛下はやっぱり戻ってきた。もう一度その存在が失われたら僕は狂ってしまうだろうな。…だから狂う前に殺そうと思ったんだ」
極端過ぎるわ!
うーん、今まで会った魔族の中で一番俺のことどうでも良さそうだったトールが一番のダークホースだったって奴か。ますます今の状況が不味く無いか?
「陛下。・・・カリ様」
初めてトールが俺の名を呼んで、ぞわりと背筋が粟だった。な、何だ!?
「ルビリクラッサのように、逃がさないからね」
宣言されちまった!
はぁー…俺はますますドツボに嵌まって行ってるな。うん。
「…というわけで、カリ様にはこれをプレゼントしちゃおう!」
何が「というわけ」なのか。トールがすっと宙から取り出したその明らかに胡散臭い腕輪は何なのか。
一見シンプルな金の輪だが…俺の勘が警告している。ヤバイ。ヤバイブツだそれは!と。
「いらない」
「大丈夫。カリ様が本当に魔王なら一害にもならないから」
「俺、魔王じゃないから一害にも百害にもなると思われるので謹んでお断りします」
「駄目、でーす」
うわっお前っトール!何やってんの!!
慌てる俺の手に、眼にも止まらぬ速さで金の腕輪を通す。
うわー呪いの腕輪だったらどうするよ、俺・・・
「いい感じ♪」
「…な訳あるか!!外せ!」
「ダメー。それはカリ様の身を守るものでもあるからね」
なぬ。
俺は必死で外そうとしていた手を止めた。
「まだ魔王の能力に目覚めていないカリ様には、護身具でもあるからね。概ね平和な魔界だけど危険が無いわけじゃないから。それがあれば僕たちにはカリ様がどこに居るのかすぐにわかるようになってる…小さい子につける迷子札みたいなものかな?」
この年で迷子札!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、俺は無事に帰れるんだろうか・・・・。