≪10≫
実家に帰ると心の中で決意した俺は、一人になった部屋で計画を立てることにした。 まず、どうやってここを抜け出すかだ。地下にあるというこの場所から地上にでるための方法を探り出さなければ。
転移の魔法を使わなくても移動できる方法があるのではないだろうか?
「んぬーっ!」
「何してるの?」
「決まってるだろ、魔王の力が・・・って!?トール!」
俺を正面から覗きこむ美形にぎょっとなった。また貴様か!
「他人の部屋に勝手に入ってくんな!!」
「えー、声はちゃんとかけたよ~」
「その格好でふざけたしゃべり方をするな!」
ほとんど八つ当たり気分で俺は叫んだ。
「だってアグドメゼドみたなしゃべり方だと堅苦しいし、僕は陛下と仲良くしたいしね」
何が「ね」だ。面白がってるだけだろ、お前。
「で、何やってたの?」
「・・・お前には関係ない」
「関係あるある!だって大切な大切な僕らの魔法陛下のことだもん」
「何が大切だ。ふざけるな。俺は魔王になる気なんて無いって言っただろ」
勇者だの、魔王だの。本当にふざけた話だ。
俺はまっとうな漁師…まだ一人前扱いはしてもらえないが。
「そんなに魚料理が無いのが気に入らないの?」
「ぐ」
確信をつかれて、俺は黙った。
「魔王陛下。可愛いね?」
「は!?」
何故そこでその言葉が出てくるのか、理解不能だ。
そして、ますます顔を近づけるな。俺は幾ら美形でも男には用が無い。
「食べ物のことでそんなにムキになるなんて、子供みたいだ」
怒りと羞恥で俺は、自分の顔が即座に赤くなったことに気が付いた。
怒りは、魚のことを軽視されたこと。羞恥は、子供の我が儘だと思われたこと。
「でも良いんじゃないかな」
「は?」
「魔王陛下なんて、みーんな我が儘なんだし。結局自分のやりたいことしかやらないしね。おかげで父上も勇者と相打ちなんてことになったんだし」
いやいや、それは全然『良い』ことでは無いだろう。
「ねぇ、陛下」
トールに両手で顔を固定された俺は、しぶしぶその顔を睨みつけた。
「魔族は、人間が思ってるほど残酷じゃない」
「・・・・・」
「でも、人間が思っている以上に気侭で我侭なんだよ。結局誰に何を言われたって自分がやりたいことしかしないんだから。だからね、陛下」
それはある意味、一番最悪だろ。
「逃げようなんて無駄な算段せずに、地底湖で魚飼ってみたら?」
俺が黙秘していた事実をあっさりと見破り、トールはにこりと笑った。
その笑顔が非常に腹が立った。
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「え?これ・・・・・・『地底湖』?」
アグーに案内されて地底湖にやってきた俺は、目の前の『地底湖』を呆然と眺めた。
肉眼では果ての見えない水面。寄せては返す小波。
「御意」
「いやいや、これ『湖』ていうレベルじゃ無いでしょ…」
立派に船で漁が出来る。
「マジに、ここに魚が生息していないのか?」
「はい。生物は一匹も」
明らかにヤバそうな雰囲気だな。
「えーと。何か毒性を持ってる湖とか」
「特には。普通に皆、田畑の灌漑にここに水を利用しております」
「あ、そう…」
魔族の口から田畑の灌漑とか・・・いや、もういいけど。
「トューリュクェーサから聞いたところによりますと、陛下はこの湖で魚を育てたいとのことでしたが」
「あー…育てたいわけじゃ無いんだが…こんだけ広い湖で水も綺麗そうだし…何で魚どころか生物が一匹も生息していないのか不思議だな」
俺の言葉にアグーは顎に手を当て、考えこんでいる。
美形はどんな形をしていても様になっていて羨ましい。
「確か…3代ほど前の魔王陛下がこの湖でペットを飼っておられました」
「へぇ…」
こんな広い湖で飼うペット?何だそれ。
「陛下に言われるまで私も忘れておりましたが、シーガーを飼っていたと聞いたことがあります」
「シーガー!?」
俺は目を見開いた。シーガーと言えば、海の巨大生物だ。
「今はその姿を見たという話を聞きませんから、3代前の魔王陛下が亡くなって以降、世話をするものも無く死んだのでは」
「・・・・・・・」
つまり、魔王が死んで世話する奴が居なくなって…しばらくは湖に住んでた生物を餌にして生きていたんだろ。だが、ついにそれも底つきシーガーも死んだということか。
憐れな…。