≪1≫
「あなたは選ばれし勇者です」
いきなりやってきた王宮よりの使者とやらは大仰に、朝食の魚をかぶりつきながら出てきた俺にそう言った。
もぐもぐ。がしがし。ごくん。
「・・・・・は?」
これはもしや新手の詐欺だろうか?
そう思いながら使者をぼんやりと眺める。
言っておくが、俺の家は由緒正しき漁師の家で、勇者なんて生まれる家系では断じてない。俺の生業も冒険者などではなく、ありふれた漁師だ。
「すぐに王宮においでください」
「待て待て待て待て」
どうやらこちらがぼんやりしている間に話がどんどん進んでいたらしい。
「は?」
「いや、は?じゃなくて。こっちにも色々都合つーもんがあるんだよ」
昨日の仕掛けも見に行かなくちゃならないし、船の手入れもしたい。
「しかし、これは世界の大事です。何をおいても優先していただかねば!」
「んー、それはそっちの都合だしなぁ・・・」
「他人事ではございませんっ!」
「他人事だけど」
聞き分けの無い俺に、使者がキレそうになっている。
「第一さ、俺。勇者なんてものになる気ないし。別の人探したら?」
まだまだ半人前だが、漁師という仕事が気に入っている。だいたい剣なんてものも握ったことは無いし、魔法とは無縁の生活だ。
そう言うと、使者はまるで化け物を見るかのように驚愕した表情で俺を凝視し、じりじりと後ろに下がっていく。
「そ・・そんな馬鹿な・・・っ勇者が勇者になることを拒否するなど!」
ありえない!・・と叫んだかと思うと使者は来た時と同じように唐突に駆け足で出て行った。
忙しいことだ。
「・・・・・・・何なんだ、いったい・・・」
やっぱり詐欺だったんだろうか。
俺は、がしがし頭をかきながら漁に出る準備をはじめることにした。
そして、朝の漁から帰ってきた俺を今度は、こんな漁村には不似合いな美形のにーちゃんが待っていた。じっと家の扉の前でこっちに向いて立っている姿はまるで彫像のようで、通りがかる近所のおじちゃんおばちゃんが、すげー不審そうな顔で通りすぎていく。
・・・・勘弁してくれよ、と思った。
「カリ様ですか?」
いや、違います。
・・・と通り過ぎてやろうかと思ったが、このままでは美形のにーちゃんは永遠に去ってくれそうも無い。
しかも何で『様』?
訳わからん。
とりあえず、俺は頷いた。
「ああ、漸くお見つけ申し上げました。我らが魔王様!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
何だろう。
今日は厄日ってやつなんだろうか。
それとも、俺は詐欺師たちの寄り合いでいいカモだって紹介されてんのかもしれない・・・。
澄み渡る青空を見上げ、人生の無情を感じた俺だった。