第4章 アーカイン機関
浮遊式の荷物運搬車が上空を低空で飛び、排気が蒸気に変わって空気をどす黒く濁らせた。
地面には、歯車のように円形に並んだ無数の屋台や機械修理屋。
機械鳴きする金属鳥が瓦礫の上で休む中、通りを歩く者は、誰も目を合わせず、ただ時間を恐れていた。
探偵事務所──夜。瓦斯灯の明かりが薄く差し込む室内。静寂の中、アメリアはカウンターに小さな金属のアンプルを真剣な表情で見ていた。
仮面の男がのこしていったクロノドロップらしき物だ
「これなんか違う。ひょっとして時間貴族の上等品かなぁ」
アメリアはそう言って何やらお手上げといった仕草をした。
「うちの道具だけじゃ無理そうだ。ジャンク屋に行っていい道具ないか聞いてみないとだわ」
最近何かといってはアメリアはジャンク屋に行きたがる。よっぽど店主の爺さんとうまがあうのか、彼女あの義足の修理を手伝ってもらってるほどだ。
アメリアは道具を探しにいつものジャンク屋を訪れた。店主は意外なことに、何も尋ねることなくアンプルをいちべつすると、すぐに専用の機械を店の奥から持ってきてくれた。
「中古品だが、まだ使える」
とこれまた珍しくぶっきらぼうに言って代金を受け取った。
機械が手に入り、安心したのかアメリアはいつも気になっていた古い録音機に目をやりながら、言った
「ねぇ、機械ありがとう。ところでいつになったら売ってくれるの?」とホゼに尋ねる。
「音が壊れて聞き取れないんだからいいでしょう。私このデザインが可愛くて好きなの」と言う。
ホゼはこう答える:
「音は壊れたりしない。ただ、“時”がその形を忘れるだけだ」
続けて「いつか売ってやるから心配するな」
と言った。
「ほら出たいつもの気まぐれ」
アメリアは不貞腐れながら、「今日は珍しくだけど普段はパーツだっていつも私が頼んでも違うのばっかり売りつけるし、もういい!」
と言って不貞腐れ店を出た。
事務所に戻るとアメリアは早速作業を始めた。
そのよこで野次馬のようにみているバル
「壊していいのか?」
アンプルを機械に差し込むアメリアを見て、彼は言った。
「ばか、壊す前に解体すんの。あんた、ホントに探偵?」
バルが小さく肩をすくめると、アメリアは義足をコツンと鳴らしながら作業机に向かった。彼女の手は迷いなく、しすくの細部を分解していく。
古びたパーツが広げられ、周囲には古地図、記録媒体、音符の断片……混沌とした時間の断片が散乱していた。それらはまるで時を超えて届いた欠片のようだった。
「これ、“録音”ってより“記憶”を保存してたっぽい」
バル:「記憶に、歌が宿る。なら“しすく”は……記録媒体というより、記憶の鍵……か」
バル、これ見て。しすくの奥にもうひとつ層があった。二重構造よ、しかも……歌のコードみたいなパターン」
アメリアが表示端末に投影したグラフは、音波とは思えないほどの複雑な構成をしていた。それは旋律というよりも、“鍵”に近い構造だった。
「一見ただの残響だけど、組み合わせると……意味を持ち始める。これって、何かの“起爆音符”じゃない?」
バルは無言で頷く。その目は、開かれたブロンズ色の懐中時計の針と、時折リンクしていた。
その懐中時計はバルが父親から受け継いだものということくらいしかアメリアは知らない。互いに過去を検索しないというのが、ここで働く唯一のルールだ。
懐中時計の針がわずかに震え、方角を指し示した。地図上にマークされていたのは、《アーカイン機関》と呼ばれるかつての研究所後──今や記録からも抹消された都市の地下区画。
「私知ってるここって”空母街”じゃない?」物騒な傭兵崩や、先の大戦の敗残兵が彷徨いてるとこ」
アメリアは言ってから少しためらったあと、
「それと戦争孤児」
バルは意味深な様子で答えた。
「アーカイン……(時間を設計する) という狂気が生まれた場所。俺たちの探していた始まりだ」
「“アーカイン機関”は、かつて政府の時間研究機関として発足し、現在は「時間の研究と供給」を行う国際的な研究機関を装っている。しかしその実態は“時間の支配”によって未来を設計し直し、人間の運命すら操作しようとする、時間城の秘密結社…」
そのときだった。バルの言葉は、外からの衝撃音で遮られた。
扉が、煙と蒸気の波と共に吹き飛ぶ。
金属の脚音。無表情な顔。
時間城の兵士たちが、ふたたび現れた。
外で、低く響くブーツの音。
黒革の軍服。[時間城] の紋章─双対の振り子
防御マスク姿の兵士たちが、蒸気の向こうに現れた。
時間に干渉事案があれば直ちに出勤する、”監察者”の時間調整部隊-通称”ゲイラ”だった。
キーワード
時間調整部隊”ゲイラ”
空母街
アーカイン機関
仮面の男が残していったアルカイン