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第1章 バル探偵事務所

 無数の煙突から黒い煙と炎が絶え間なく吐き出され、その合間を巨大な鉄骨構造の工場群が縦横無尽に覆い尽くす。歯車がむき出しで回る巨大な機械塔がいくつもそびえ立ち、鋼鉄のパイプが迷路のように街を這う。


 工場の合間には、古びた石造りの教会がぽつぽつと点在している。重厚なゴシック様式の尖塔は蒸気の霧の中でかすかに光を放ち、鋼鉄と石材の対照的な調和が、異様な荘厳さを醸し出していた。


 街路は狭く入り組み、時折、蒸気を噴き上げる排気口から白い霧が立ちのぼり、街の暗がりに幻想的な陰影を描き出す。古びたレンガの壁面には配線と管が縦横に這い、壁に刻まれた無数の刻印と符号が、この街の歴史と秘密を物語っているようだった。


 遠くには、蒸気で駆動する巨大な吊り橋が工場地帯を繋ぎ、その上を鋼鉄製の貨物列車が轟音を立てて走り抜けていく。空には浮遊する運搬ドローンが低く飛び交い、蒸気の匂いと鉄の錆びた香りが街全体を支配していた。


 蒸気都市-ルミナ=エテルネ-

 冷徹な機械文明の心臓部であり、同時に古き宗教的な祈りが機械音に飲み込まれた、矛盾と調和の入り混じる蒸気都市。


 街の旧記録区第17街路・崖下層。傾いた崖縁がけぶちに、沈みかけの鉄骨建築が一つ、歪んだ姿勢で立っている。

 錆びたネームプレートには、手彫りの文字が打ち付けられていた。


 BAL=ZEN Detective Bureau

 (開閉の際、きしむ音注意)


 そこは《バル探偵事務所》と呼ばれる場所だった。都市で起こる奇怪な事件の“最後の砦”だ。


 事務所の建物は三層構造で、上層には廃業した印刷所の名残がまだ残っており、その影にバルの事務所は“間借り”のように存在している。


 玄関には、足踏み式の時計清掃台と、片方だけレンズの割れた古い望遠鏡。どちらもバルが昔使っていた修繕道具の名残だ。


 壁には、バルがかつて訪れた街の古地図や捨てられた懐中時計の断面写真が貼られている。


 一つだけ額装された写真がある――若き日のバルと、三人の男女。学校らしき中庭で肩を並べている写真だ。だが、一人の女性らしき生徒の顔だけが、意図的に焼き焦がされたように黒ずんでいる。バルはその写真をぼんやりと眺めていた。

 ———-

 雨が降る夕暮れ時、雨宿りで入った温室。静止した時間の中にある永遠の植物園。偶然居合わせた彼女は、ガラスの天井を眺めながら言った。

 ”雨が届けばいいのに”

 ————


 しばらくしてバルは現実に戻り、煙草をくわえた。古ぼけた壁掛け時計を一瞥する。針は合っているようで、いつも少しだけ、未来を指している。


 その顔立ちは端正だが、無精ひげが不規則に伸び、過去の疲労や苦悩を滲ませていた。眉はやや太く、常に少しだけしか開かない瞼の奥から、冷静かつ観察的な視線を放つ。頑丈な革製の帽子から少しだけダークブラウンの前髪が垂れている


 着ているのは、くたびれた濃紺のロングコート。細かなステッチが入った肩当てや、幾重にも重なるポケットが目を引く。コートの内側には、いくつもの小型工具や秘密の鍵を隠せる仕掛けが施されている。


 その下はダークグレーのシャツに黒いベスト、内ポケットには真鍮の懐中時計が鎖でぶら下がっている。


 彼の木製デスクに書類と部品が山のように積み上げられ、そね1番上に新しいファイルの束が置かれていた。それを手に取ろうとしてバルは意味深な表情で立ちつくしていた。


「何もの思いにふけってるのさ」


 作業場から助手のアメリアの悪態が聞こえてきた。


 鮮やかな赤髪を肩までの長さに切り揃え、その髪は風や動きに合わせて軽やかに揺れる。火のような色は、彼女の毒舌で鋭い性格と相まって、初対面でも印象に残る。


 瞳は深い琥珀色で、好奇心と警戒心が入り混じった光をたたえている。目元には小さなそばかすが散らばり、少年少女の面影を僅かに残している。


 幼さの残る顔立ちは整っているが、笑うと少し口角が吊り上がり、いたずらっぽい印象を与える。口元にはいつも少しだけ挑発的な微笑が浮かぶことが多い。


 片足には義肢を装着しており、金属の光を帯びた義足は、普段の軽快な動きを妨げず、逆に戦闘時には俊敏さを助ける。衣服は実用的で、濃い茶色のジャケットにポケットやベルトが複数付き、工具や小物をすぐ取り出せる工夫がされている。


 探偵事務所の奥まったカウンターの横にアメリアの作業スペースがある。一見乱雑に武器や工具、何かのパーツなど様々なものが置かれているが、一定の法則でもあるのか、バルのデスクより整っちゃいる印象だ。


 そのアメリアだは左足を作業台にのせたまま椅子に座り、義足のメンテナンスをしていた。


 探偵事務所の室内は、錆と革と煙草のにおいが混ざる独特の空気がいつも漂っていた。だがアメリアは意外にも、ここを「落ち着く」と言う。


「きったねぇけど、あたしにはちょうどいい。整理されすぎると……逆に怖いだろ」


 といつも言っている。


 探偵バルは、ファイルにある死体の写真を見ながら呟いた


「まただ…例の“クロノドロップ事件」


「あの、突然老人になっちゃうやつ?」


 左足に装着さあれたスチーム式義肢が、シュゥ、と小さく蒸気を吐く音を立てた。


 アメリアは口は悪いが、類まれな作業技術と観察眼を持つ、バルの頼もしい相棒だ。


「面白いよね。“若返った”はずの人間が、数日で“急激に老化して死ぬ”。しかも、全員が――」


「“同じ歌”を聞いたと証言している。」


 バルが言葉をつなげる様に呟く。


 彼の脳裏には、かつて聞いたことのある旋律がかすかに蘇っていた…


 ◆クロノドロップ事件

 ──記録資料 第3版:認可外薬物事象監察局(旧・時間境界庁/暫定記録部門)


「はじめはただの若返り薬だった。それが、時を“誘発”するものだと気づいた時には、もう遅かった」

 ――調査官アムレット・リグレイ


 《クロノドロップ》とは、アーカイン企業グループ傘下にて極秘開発された加齢抑制作用を持つ試験薬で、正式名-アルカイン

 開発当初の目的は「老化抑制」「記憶再構築」「記憶固定による脳疾患治療」などとされていたが、ある時点から**“時間干渉反応”**が報告され始めた。


 異常使用者の共通点として、「歌が聞こえる。同一の夢を見る」という現象が多数確認されている。


 ————


「また時間城がらみの事件になりそうだ」


 バルは小さくつぶやいた。

キーワード


バル探偵事務所、探偵バル、義足の少女アメリア、

クロノドロップ事件、



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