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神童

 霧愛蒔絵(きりあまきえ)・ニゲラ・サティヴァ この名前は自分で考えた、マキエと呼ばれていたのだけは覚えていたし、見た目は東洋系だから調べてみたら中から文字の形で選んだ、字は読めないからローペンに頼んだのだが。

 ニゲラ・サティヴァは花の名前、自分に花の名前を冠するなんてナルシズムだなんて笑わないでほしい、その花の種には弱いけれど毒がある、別名をクロタネソウ、花言葉は(霧の中の恋)……恋愛に憧れがあったし霧の文字や響きも好きだったから。

 瘟鬼(おんき)に憑かれた十歳前の記憶は定かではない、というよりほとんど覚えていない。

 灰血病から起こる合併症を幾つも患っていた私は山に捨てられた。

 朦朧(もうろう)としながら見たのは同じように捨てられ朽ちた何人もの遺体、子供はとくに多かった、衛生環境の悪い時代、成人まで生きられるのは三人に一人、特に死産と十歳以下で死亡する例は多かった。

 朧気(おぼろげ)ながら両親がいたことや兄弟がいたことを覚えている、名前や顔は今会ったとしても思い出さないだろう。

 点々と転がる死体、痩せ干乾びているからなのか病気を分かっているからか獣も手を出さない、古いものはミイラ化し風に手足を捥がれてバラバラにされていく。

 今思い出せば地獄のような光景、でもその時は特に恐怖はなかった、生に対する未練よりも苦痛と倦怠感(けんたいかん)から一刻も早く逃れたかった。

 ただただ疲れていた、早く眠りたい。

 何時間なのか何日なのか、いや数分だったのかもしれない、ビュウビュウと風が吹く岩場に転がっていた、ほとんど見えない視界にそれだけが動いているのが見えた。

 黒く小さな人型の影がとぼとぼと歩いている、(むくろ)(そば)(かが)んでは何かしている。

 (ああ、まだ歩ける元気があるのに捨てられるなんて……)

こちらの視線に気付いたのか向かってきた、双眸の片方が赤く、片方が金色に淡く光っているのを見て人ではないことを理解した、死神、子供の死神だ。

 (私も早く連れて行って……)

 手を伸ばそうとしたけれど指が微かにピクリと動いただけ、子供の死神がその指を掴んだ、黒い霧の身体は実態ではないのか感覚はない。

 (×〇××……)

言葉ではない音を発した、風の音だったのかもしれないが、あの時は影の意思表示だと思った、そして、ああ、やっぱり子供だ、寂しいと泣いているのだ。

 (まだ死神の仕事が出来ないんだ、大人の死神を呼んできてよ、私を連れて行って)

(×××〇……)

何を言っているか分からないが鳴き声に聞こえた、親と(はぐ)れちゃったのかな?

 (いいよ、大人の死神さんが来るまで一緒にいよう、どうせ私も直ぐ死ぬから)

(〇〇〇)

深く手を握った、喜んでいるのが伝わる。

(そう、いい子だね、一緒に、一緒に行こう、死神の国まで)

(〇〇×!〇〇×!)

はしゃぐ様に黒い影は踊るように揺れた、形を変え姿を変えグルグルと渦を巻く。

(あははっ、楽しそう、嬉しいね、私も嬉しい)

死に際に死神と遊べるなんて幸運なんだろうなと考えた、この山に捨てられた人は皆こんな風に死神に歓迎されたのかな、だったら死ぬことも悪くない。


クスッと干からびた唇が笑った。

 瘴気(しょうき)(よど)みに私と瘟鬼(おんき)は産まれた。


 気付いたら私は生かされていた、身体の中に瘟鬼がいるのが分かる、彼がそう名乗った、声なき声が頭に響いたのだ。

 (お腹が空いているの?)

 幼い同士の手探りの会話?言語もなく姿さえ見えないのに成り立った、それは魂の会話。

 (〇×▽!)

(あの人の傍に行けって、やだ、病人だよ、移らない?)

(あれっ!?)

 やっと気付いた、ただ生かされていただけじゃない、身体中を(むしば)んでいた痛みがなくなっている、灰血病がいなくなった。

 (あなたが食べたの?うそ、本当に!?病気を食べるのね)

山を下りた時には故郷の方向を見失っていた、死んだはずの人間が帰る場所はない、家族に対する想いは瀕死状態の時に壊れたのか、それとも瘟鬼が喰ってしまったのか、一人じゃないと思うと寂しくはなかった。

シック・ファージと名付けたのは随分後になってからだ、そんなことに瘟鬼は興味はない、彼の望みは病を喰って知る事、最終目標は知らない。

 彼が病を喰うと私の食欲も満たされる、どういう理屈なのかは分からないし知ろうとも思わない。

 暫くは自分の口で食べることを忘れていた、食べることを促したのも瘟鬼だ。

 (それを食えって!?)

それは綺麗な花が咲いている植物、あとから知ったがそれはスイセン、弱い毒がある、瘟鬼は味変がしたかったらしい。

 暫くはチョウセンアサガオ、ドクセリ、ドクウツギ、トリカブト、そんな物ばかり食べていた、正直あまり美味しいくはない、味が良かったのはキノコ類、これは断トツに美味しかった、特に好きだったのは赤い炎のようなキノコ、カエンダケというやつだ、スパイシーで癖になった。

 たまに食べる毒のない食べ物は味気なくどれも好きになれなかったが、いずれにしても一人山の中で暮らしても食べるに困ることは無かった。


 私たちは二人で育ってきた。

 自分が病気に罹患(りかん)しても瘟鬼が食べてしまうから悪魔のような病気が蔓延(はびこ)る中で私は無事に月日を重ねて身長を伸ばし続けた。

 私の成長と共に瘟鬼との意思疎通が遠くなっていく、そこにいるのは感じるけれど、まるで眠っているように意思を感じなくなり、出来ていた会話が成立しなくなった。

 孤独感に寂しさが募った……

 

 瘟鬼のもう一つの能力、ナインテーター、九秒殺し。

 初めて人を殺してしまったのは十四歳の時だ、それは意図しない殺し、救いは善人ではなかったことだ。

 寂しさに押されてソーン・シティの住人となっていた私は瘟鬼を使って病気を喰い、日銭を稼いでいた、病で腹は膨れるが服や靴、安全に眠るためにはお金が必要だ。

 病気と毒を喰って、ただ原始生活を生きるのは四年が限界だった、姿の見える肉声と話したかった。

 悪魔か神か、私の超常能力に目を留めた人間がいた、十四歳の小娘は病気を治す神童なんて持ち上げられて舞い上がった、優し気な言葉で近づく優男に一瞬で騙された。

 「君は神から神聖な力を授かった、その力で不幸な人たちを救うのだ」

 病気を治す神の巫女、愛を知らない寂しい少女を釣るのは易しかっただろう、一瞬で喰いつき自分の存在を認められた心地よさに酔った。

 小さな診察室で毎日客を取るように何人もの病を喰った、いや喰わされた。

 最初はそれでも農民や商人、工員などの貧民が主だった、病を喰った後、患者たちには感謝された、涙さえ流して跪き私に祈る者までいた、やりがいを感じた。

 まだ子供の身体、瘟鬼も幼かった、一日に喰えるのは五人以下、消化にも時間と限界がある。

 日に日に優男の身形は良くなり、診療所も豪華になっていった。

 この辺で騙されているとは感じていた、脅迫も暴力も受けていなかったが監禁に近い状態、優男だけではなく患者も貧民から富める者達へと変わったのが分かった。

 私は買われている、娼婦と同じだ。

 患者が減ったのと相対的に食べたくもない毒のない食事は豪華になっていった、アルコールという毒を覚えたのもこの頃だ。

 美味しかった、今まで喰った中で一番の毒、これさえあれば他はいらないとさえ思ったほど。

 ことあるごとに私は優男にお酒をせがむ様になっていった、浴びるように飲んでも一切酔うことない可愛げのないガキが出来上がる、瘟鬼がアルコールという毒を全て食べてしまうから。

 その分患者の病気を喰う回数は減る、金持ち共の性病ばかりを食わされて嫌気がさしていた。

 優男と言い争う事が増えた頃に私は外で飲むことを覚えた。


 そこで出会ったのがローペンだった。


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