魔女の葬送
娼館に出入りしている黒衣の妖しい魔女、気味悪がって近づかない娼婦たちもいた、しかし瘟鬼で治療した者たちの多くからその時は感謝されたのも確かだ。
掌返しで私を恨む者は思い当たらない、ならターゲットは私ではなくマルコスの方か!?ファミリー内での権力争いに魔女と繋がっている事を弱みとして使われた、あり得る話、可能性は此方の方が高いだろう。
しかし決定的な疑問が残る、どうやって殺した?
「私……的にされているの!?」
的、つまり犯罪組織からお尋ね者にされる事だ。
「いや、そこまでの事じゃない、疑わしいと騒いでいるのは一部の者だけだ」
デカイ図体の割に繊細で正直な男、娼婦たちからも頼りにされている事が頷ける、マルコスの紹介でなければ魔女に病気を診せる女がどれほどいるか。
「大方マルコスさんの失脚を狙うファミリー内の反体制派の策略ではないのですか?」
ローペンも私と同意見、マルコスもそう考えている、だから最初の謝罪だ。
「だとしたらケチな話だわ、胡散臭い魔女の話を絡め手に使おうなんて男らしくない、わたし嫌い!」
「引籠りの魔女はご存じないでしょうが男とは元来そういうものです」
「インドア派って言って」
「万が一の事があってはいかん、若い者を護衛に置いていく、許してほしい」
「ちょっと待て、まさか出入口に立たせる積りじゃないよな」
「もちろんだ、離れてはいるが見える場所に部屋を借りてある、落ち着くまで二十四時間張り込ませるから安心してくれ」
「任せるわ、でもそれだけじゃ問題は解決しない、焦点は誰がどうやって殺したか、よ」
その言葉にピクリとローペンが反応する、無視して続ける。
「二人の遺体は見られるの?」
「埋葬はまだだ」
「キリア様、犯人探しなんて駄目ですからね!」
「いつまでも引き籠ったままじゃいられない、稼がないとXOが飲めないわ」
四杯目のグラスを空にして私はカウンターの扉を押し開いた。
二人の遺体は教会の慰安室に安置されている、マルコスだからこそだ、一般的には教会での葬儀など手配されない。
棺を開けると生前の美貌を失い、黒く変色した肌にゴムのような腫瘍が見える、梅毒の末期症状に間違いない。
「なぜこんなになるまで……」
直前まで客を取っていて気付かないはずはない。
「口の中にヘルペスが出来始まったばかりで医者には見せた、薬も飲ませていたんだが……加速するように病状が悪化してな、俺も梅毒患者は見慣れているから分かる、それでもお嬢の所に話を持って行ったときには命の危険までは無かったように見えた」
酷い死に様だ、ほんの半月前まで年季明け間近とはいえ現役の人気娼婦の顔じゃなかった、怨嗟を張り付けたデスマスクは生者の全て呪っている。
瘟鬼の食指が動かない、喰い飽きたのか、死体の中の病気を喰っても人が生き返る訳じゃない、でも……。
私は二人の汚れた顔に手を触れた。
「お嬢!!」意図を察したマルコスが止める前に。
「瘟鬼、シック・ファージ!」
黒い霧が湧きあがり棺を包む、苦痛が移る、死体に残った病気は不味い、いや不味いの種類が違う、これは……毒じゃないのか?
知らない病の濾過には時間がかかる、針で刺されたような痛みが脊髄を直撃する、瞳孔が開き視界が狭まる、膝が落ちようとするのを下腹に力を入れて耐える。
霧が収まると棺の中の二人は数々の男を虜にした本来の美貌と尊厳を取り戻していた。
「これは……」
「これで見送りの人に感染する心配はないわ、せめて死化粧くらいはね」
「恩にきる、お嬢」死んだ娼婦のために魔女に頭を下げるマフィア、この街にマルコス意外にいるだろうか。
娼館のナンバーワンとはいえ娼婦の命は安い、替えは幾らでも利いてしまう、あっという間に人々の記憶から消えていく。
名も知らぬ二人であってもその積年の想いを感じないわけはない、自由まであと少しで殺されなければならなかった悔しさ。
次の転生では自由の太陽の下を歩けるようにと魔女は祈った。
「仇は取ってあげる」
「カタキ?どういう意味だ、まさか他殺なのか」
「毒殺だと思う」
私とマルコスは教会を後にしたころには毒々しく赤い夕陽が西に傾いていた。