静寂の起業
第一章:静寂の起業
渋谷の交差点を見下ろすオフィスビルの13階。
壁一面の窓から差し込む朝陽が、無機質なガラス机に映るコードの羅列を黄金に染めていた。
深川陽吏は、ノートPCを閉じると、静かに深呼吸をした。
"株式会社Glued"──彼が27歳のときに立ち上げたIT企業は、いまや月間アクティブユーザー800万人を誇るSNSプラットフォーム『linkr』を擁するベンチャー企業へと成長していた。
しかし、彼の心にはいまだ「空白」があった。
幼少期からコードを書いては壊し、壊してはまた再構築してきた。
技術こそが正義であり、アルゴリズムこそが世界を平等にすると信じていた──少なくとも、大学を辞めて起業するまでは。
第二章:憧れの逆光
「深川さん、記者会見、あと10分です」
PRマネージャーの美波が声をかける。
陽吏はうなずき、モニターに映るニュース速報に目を向けた。
「地方自治体、Gluedの防災アプリを導入決定」
「Glued、AIカウンセリングサービスを発表」
「“日本発のユニコーン”深川陽吏、次の一手とは」
自分の名前が社会に並び始めたとき、むしろ彼の中では“孤独”が深まった。
記者たちは賞賛を浴びせるが、彼がこの10年で失ったもの──友情、恋愛、家庭──については誰も知らない。
本当に欲しかったのは「社会の承認」ではなく、「一緒に熱狂できる仲間」だった。
第三章:バグと誠実さ
linkrのアルゴリズムに致命的なバグが見つかった。
一部のユーザーの投稿が意図せずAIに削除され、言論統制の疑いをかけられ始めたのだ。
SNSの炎上、メディアの批判、投資家の沈黙。
「陽吏さん、あれはAIの自動判定ミスです。放っておけば沈静化します」
幹部の一人が言ったとき、陽吏は首を横に振った。
「違う。僕たちは“つながり”を売ってる企業だ。誠実さを捨てたら、それこそ何も残らない」
彼は即日、公式に謝罪文を出し、24時間以内に改善アップデートを約束した。
そして、その夜一人でコードを書き続けた。昔のように──何の報酬もなく、ただ"正しさ"のために。
第四章:再起動の朝
翌朝、linkrのユーザーたちの声が反転していた。
「責任ある対応、ありがとう」「深川社長に失望しなかった」
SNSに希望が戻る瞬間を、陽吏はただ静かに見ていた。
その背後には、数えきれない失敗、倒産寸前の夜、無数の選択があった。
「…これが、僕が作りたかった“社会”かもしれないな」
第五章:そして未来へ
深川陽吏は、今日もコードを書く。
資産数十億、影響力、地位──それらは彼にとって通過点にすぎない。
彼の本当の夢は、「誰かがまた夢を描ける環境をつくること」。
次なる構想は、教育とテクノロジーを融合した「コードフリー・プログラミング教育プラットフォーム」。
彼が起こす"次の革命"は、もうすぐそこにある──。