第九話 悪魔退散
第九話 悪魔退散
「ミカエル、あいつを殺すこともできないんだよね……?」緊張した声で尋ねる。
「はい……」ミカエルが静かに答える。
天使と悪魔――共に不死身であり、天地創造の時から未来永劫、時が流れようと存在し続ける。
互いを殺すことも、存在を消し去ることもできない。
「素直に魔界に帰ってくれればいいのに……」ミカエルの背中から、言葉にできない焦りを感じ取る。
―――
この狭い空間に、四つの異なる存在が集まっていた。
魔界より来た、嫉妬の罪の悪魔――レヴィアタン
天界より来た、正義の象徴――大天使ミカエル
そして私、ただの人間、緋夜・グレイヴン。手には最も大切な相棒、三本尾の黒猫幻獣――キャラメルをしっかりと抱えている。
目の前の状況を見て、緊張で唾を飲み込む。
「わ、わかったよ。召喚するから」震えを抑えて言う。
「緋夜様!?」ミカエルが振り向き、私を見る。
「だ、だからさっさと魔界に帰ってくれない?」精一杯大きな声で叫ぶ。
彼女は七つの大罪の悪魔――レヴィアタンだ。
「子供だましにも程があるわ」冷たく笑う。
「私は地球が生まれる前から存在していた」
「お前たち人間が創造される前から、この世界に立っていたのよ」
「そんな幼稚な嘘は通用しない」
まだ濡れているミカエルを一瞥し、口元を緩める。
「でもさっき言った通り――ミカエルが一緒に魔界に行ってくれるなら考えてもいいわ」
ミカエルは警戒した目で彼女を見つめる。
(確かに、人界に残って暴れるよりはまし……)
ミカエルは考え、視線を私に戻す。
「だ、ダメだよ!」慌てて叫ぶ。
「召喚魔法には準備がいっぱい必要だし、材料も!それに、つまり……ミカエルがいないとできないんだ!」
歯を食いしばって彼女を見る。横のミカエルも私を見つめている。
「じゃあ前はどうやって彼女を召喚したの?」私の矛盾を鋭く指摘する。
「それは……何年もかけて、少しずつ魔石を貯めて……」
苦しかった日々を思い出す。
「と、とにかく!早く帰ってほしいなら、ミカエルを連れていっちゃダメ!」
指をさして大声で宣言する。
「う~ん」考え込む。
「わかったわ」肩をすくめて両手を広げる。
「魔界で待ってるわ」
(ここまで来て、力が弱まっているけど――)
こっそりミカエルを見る。
(ミカエルも同じはず)
唇を舐め、目に不気味な光を宿す。
(この王国に他の天使の気配は感じない……ということは、入れるのは君だけ――ミカエル)
(ならば私が帰って、部隊を連れてくれば……)
より大きな計画が頭に浮かぶ。
「成……成功した?」小声で呟く。
「早く迷宮に戻ろう!」興奮を抑えて言う。
(気が変わる前に!)
「いいわよ、案内して~」勝ち誇った笑みを浮かべる。
ミカエルの表情は不安げだ。
「ミ……ミカエル、どうしたの?」その表情に気づく。
「大丈夫、私も同行します」と言う。
「ミカエルと一緒か……」レヴィアタンが小声で呟き、頬を少し赤らめる。
「人間界ではこれって――デートって言うんだよね?」
「違います!」ミカエルが即座に否定。
「あら~ミカエルは人間の文化なんて知らないくせに~」レヴィアタンが近づき、からかう。
「『デート』の意味もわかってないでしょ~」
「違います、私、前に緋夜様とデートしたことあります!」ミカエルが慌てて弁明する。
レヴィアタンは一瞬固まり、まだ成長途中の私を見る。
「こういうタイプが好みなのね~」いたずらっぽく笑う。
―――
夜の街中を、キャラメルを抱きながら二人の後ろを黙って歩く。
「ねえ、帰る前に人間界で一度デートしようよ~ミカエル~」レヴィアタンは歩きながらミカエルの腕を絡める。
「拒否。早く帰れ」ミカエルは一瞬の迷いもなく拒絶。
「それに、触らないで」
「男の子が好きなんだもんね~」レヴィアタンは傷ついたふり。
「私の姿、嫌いなのかな~?」
「そういうことじゃない!」ミカエルは恥ずかしさに怒鳴る。
「じゃあ次は男の子の姿で来るわ!」
「必要ない!」即座に却下。
(なんだかこの会話、僕が余計な第三者みたい……)
二人を見ながら、自分が蚊帳の外にいるような気分になる。
―――
迷宮の転送門前に到着する。
「じゃあ、また会いに来るわ~ミカエル~」レヴィアタンは門の前で手を振るふりをする。
「二度と来るな……」ミカエルは呆れたように眉をひそめる。
彼女は私を見る。
「約束よ、私を召喚して――人間」
「悪魔との約束を破ると、ろくなことにならないわよ~」
微笑むが、その声は背筋を凍らせる。
「じゃあ行くわ~」
転送門に入る瞬間、突然ミカエルの腕を掴む。
「ちょっと、待て!引き込むな!」ミカエルは必死に抵抗。
ちょっとした騒動の後、レヴィアタンは一人で去っていった。
ミカエルは転送門から出て、軽くため息をつく。
「まったく……やっと帰ってくれた」
外で待つ私を見上げる。
「緋、緋夜様……」緊張した声で言う。
「ミカエル、あの……」目をそらす。
(どうしよう、二人きりだ!)
(何て言えばいい!?)
あんなことがあった後だ。
(ミカエルは僕のことをがっかりしてるんじゃ……)
ミカエルが突然駆け寄り、私の両手を掴んだ。
「ミ、ミカエル?」
「すみません、緋夜様……」落ち込んだ声で、私の手を強く握る。
「とても怖かったです……また私を送り返されてしまうかと……」
「そ、そんなことしないよ!」慌てて約束する。
「あ、もちろんミカエルが帰りたかったら別だけど……」
(だってミカエルは僕の所有物じゃないし……)
複雑な表情で彼女を見つめる。
「わかりました……」ミカエルは手を離し、優しい目で私を見る。
その時、キャラメルが服から顔を出し、ミカエルの腕に飛び移った。
「きゃ、キャラメル!」
「お久しぶりです、キャラメル様」ミカエルは微笑んで言う。
「にゃ~にゃにゃ~」キャラメルがミカエルに向かって鳴く。
「はい、私もまたお会いできて嬉しいです」ミカエルが優しく返す。
(……え?)私は呆然とする。
「ミ、ミカエル……まさか……キャラメルの言葉がわかるの?」
「はい?」当然のように答える。
―――
「大変申し訳ありません、緋夜様、どうかお怒りにならないでください!」
ミカエルはキャラメルを抱き、慌てて私の後を追う。
「キャラメルは僕の唯一の相棒だ!キャラメルは……」歯を食いしばる。
「僕ですらあいつの言ってることわからないのに!」怒りに声を張り上げる。
ミカエルが幻獣と会話できるなんて、こ、これは――羨ましすぎる!
「緋、緋夜様……?」ミカエルが心配そうに見上げる。
私は突然振り向き、怒りに満ちた表情。
「なんで今まで教えてくれなかったの?」
「それは……どの件についてでしょうか?」困ったような口調。
「もちろん、天使が幻獣と話せることだよ!」
「うっ……」微妙な表情。
(三百年前までは常識だったのに……)
ちらりと私を見る。
(ど、どうしよう……また召喚してくれなくなったら……)
「私、私も今初めて知りました……人間様が幻獣の言葉を理解できないとは……」
慌てて付け加える。
「でも私がいれば、通訳できますよ!」
私は疑わしげな表情。
「じゃあ……キャラメルは今何て言ってた?」
腕を組んで二人を見る。
ミカエルは手の中のキャラメルを見て、キャラメルが鳴く。
「にゃ~」(この人間は本当に面倒くさい!)
それはもう文句のオンパレードだった。
「にゃにゃにゃ!」(すぐ落ち込むし、こっちが世話焼かされる!)
「にゃにゃにゃにゃにゃ!」(魔物一匹倒せないから、エサのために自分で狩りに行かなきゃ!)
「にゃ」(それと、『キャラメル』って名前は気に入らない)
ミカエルの表情が次第に硬くなる。
「何て言ってた?何て言ってたの!?」期待に満ちて尋ねる。
「そ、それは……緋夜様と冒険できて、とても楽しいそうです……」
「本当!?」キャラメルを抱き上げ、喜びに満ちた表情。
「僕もキャラメルと一緒で本当に楽しいよ!」
満面の笑みを浮かべる。
ミカエルは私の腕の中の幻獣を見て、複雑な思いに駆られる。
(私……天使なのに、嘘をついてしまった……)
(これは人界にいるから許される特権なのかもしれない)
軽くため息をつき、キャラメルを抱いて輝くように笑う少年を見つめる。
(でも……これでいいのだろう)