第四話 さよなら
第四話 さよなら
街中を、主人公は緊張しながらミカエルを連れて歩いていた。
「どちらへ向かうのでしょうか?」ミカエルが穏やかに尋ねた。
彼はスーツにネクタイ姿で、街中でひときわ目立っていた。
「ぼ、僕が予約したレストランがあるんだ」
「気に入ってくれるといいんだけど……」声は震え、足取りも硬かった。
レストラン入口で。
「申し訳ありません、未成年の方のご入店は……」店員が丁寧に告げた。
「僕……もう成人してるんだ!」彼は必死に叫んだ。
15歳の男なのに、背が低くて12、13歳の子供に見える。
(ミカエルも僕を子供だと思ってるのかな……)彼はこっそり横目でミカエルを窺った。
「お嬢さん、お一人ですか?」男が近づき、ミカエルに食事を誘った。
(ナンパされた!)彼は呆然と見つめた。
「すみません、弟と一緒なんです」ミカエルが礼儀正しく断った。
(そうだった、姉弟設定だった……!)彼はハッと思い出す。
年齢的には……本当に姉弟なのか?
ミカエルの年齢はおそらく百歳……いや千歳を超えているはずだ。
(ミカエルは僕を男性として見てないんだ……)
彼はうつむき、どんよりとした気分になった。
「確かに背が小学生みたいだし、このスーツも特注で短くしてもらった……」
彼は呟くように言った。
「恐れ入りますが、身分証の提示をお願いできますか……」
店員が困惑気味に言った。
―――
「いただきます!」高級料理が運ばれてきた。
彼は期待に胸を膨らませてミカエルを見た。
「いいえ、緋夜様。天使は食事を摂らなくても平気だと申し上げましたよね」
「緋夜様だけでどうぞ」
彼女は微笑んだ。
「でも……でも!」彼は焦ったように言った。
「それにこれは人間界でもかなり高級な食事のようですね……」
彼女は目の前の料理を見つめ、考え込むように。
「緋夜様の財力では少し厳しいのでは……」
「まさか闇金でも借りたんじゃ!?」
「借りてないってば!」
「少しは貯金してたんだ……」冒険者になって五年になる。
「ミカエルと一緒に美味しいもの食べたかったから……」彼は俯きながら言った。
(でも思い描いてた反応と全然違う)
やっぱり、世話を焼かれる弟なんだ!
ミカエルは彼の緊張した様子を見て、閃いた。
(そうだ、緋夜様に自信をつけさせなければ!)彼女は合点がいった。
「分かりました、では遠慮なく頂きますね、緋夜様」
フォークを手に取った。
「う、うん!」彼は嬉しそうに頷いた。
―――
食事後、二人はレストランを出た。
「次は服を買いに行こう!」彼は弾んだ声で提案した。
「ミカエルに似合う服を!」
彼は前を歩き、ミカエルは静かに後ろを付いていく。
(天使は人界の物を天界に持ち帰れない……)
ミカエルは彼の浮き立つ背中を見つめた。
(今それを言ったら、また落ち込んでしまう……)彼女は考えた。
(とにかく今日は緋夜様のしたいようにさせてあげよう)
全ては彼の自信回復のためだ。
ブティックで様々な服を試着し、最終的に白いドレスを選んだ。
その後はショーを見物し、賑やかな屋台を巡った。
ミカエルに近づく男たちを何度も追い払った。
夕日が二人を包み、黄昏の光が差し込む。
―――
最後に丘の上の展望台に着いた。街の灯りが一望できる場所だ。
「あの……」彼は緊張して口を開いた。
「ミカエル、今日は楽しかった?」
彼女も彼を見た。
「ええ、ありがとう、緋夜様」
「とても楽しかったわ」ミカエルは笑顔で答えた。
今日は現代人間の文化を知る良い機会だった――彼女は心の中で思った。
(魔界製魔物の強度ばかり気にしていた自分が愚かだった……)
彼女はきらめく街の灯りを見つめた。
(人間……こういう息抜きが必要な生き物なのね……)
ミカエルは静かに考えた。
人間は神が創った最も感情豊かな存在。最も複雑で多様で……そして脆い生き物だ。
権力や富を持つ指導者ほど、魔界の影響を受けやすい。
結果的に人類滅亡へと導かれることが多い。
(天使は直接人間界に干渉できない……)
人間の運命は、彼ら自身が決めるしかない。
(私にできることは……)
彼女は主人公の背中を見た。
(彼の召喚に応え、必要な時に力になることだけ……)
彼が強くなれば、もう必要とされない――それが「弱者」の呼び声にしか応えない召喚魔法の真実だ。
「また機会があれば、人間界を一緒に散策しましょうね」
ミカエルは優しく笑った。
彼はうつむいた。
「ミカエル……」口を開いた。
「実は今日デートに誘ったのは……」
拳を握りしめた。
(もう決心した……そう……)
心で念じた。
「もう、君を召喚しない」
ミカエルはその場に凍りつき、彼を見つめた。
「どうして……?」
声がかすかに震えた。
「僕が弱すぎるからだ」彼は言った。
「僕が死んだら、ミカエルは天界に帰れなくなる!」
「そんなことになるのは嫌だから……」
これが二人にとって最善だ。
ミカエルがこの世界に来られるのは、自分を通じてだけ。
自分のせいで彼女が帰れなくなるなんて……
嫌だ……絶対に嫌だ!
ミカエルは彼を見つめ、ゆっくり口を開いた。
「心配いりません、緋夜様」
「これは私自身の選択です。万が一何かあっても、あなたの責任ではありません」
「私が『守り』切れなかっただけです」
そう言い終え、静かに見つめた。
「僕は君の『守り』なんかいらない」
彼女の瞳が微かに震え、彼を見つめた。
「僕だって強くなりたいんだ!」
思わず叫んでしまった。
「自分で魔物を倒したい!自分で生きたい!自分でお金を稼ぎたい!」
「こんなに頑張ってるのに!」独りで冒険者になった。
「ぜんぜん強くなれない!」永遠のE級。
「だから仲間が欲しかったのに……」
「君は強すぎる」
ミカエルは驚愕した表情で彼を見た。
最初から天使を召喚するつもりはなかった。
ただ戦える幻獣が欲しかっただけ。
「ミカエル」が部屋に現れた時、完全に動揺した。
人間の姿で話し、戦い、冒険者になり、皆に好かれる彼女。
でも……
「これじゃあ仲間じゃない……」
ミカエルの目には、いつも守るべき対象でしかない。
彼女の傍らでは、自分は永遠に足手まといでしかない。
対等な存在になんてなれない。最弱の自分と、最強の彼女。
「今日街を案内したのは、別れのためだ」
天使は三百年ぶりに人間界に来たのだから。
「これからは、他の誰かが君を召喚するといい」
(僕にはやるべきことがある。両親を見つけなきゃ。だから……)
(自分で強くならなきゃ)
彼は手を合わせた。
「待って、緋夜様!」
ミカエルが慌てて手を伸ばし、何か言おうとした。
「さよなら、ミカエル」彼は呟いた。
「君に出会えて、本当に良かった」
『大天使ミカエル』との召喚通路を閉じた。
ミカエルの姿が消え、純白のドレスだけが残った。
彼は立ち尽くした。
「にゃ!」キャラメルが服の中から顔を出し、
暗闇で微光を放つ三本の尾を揺らした。
「キャラメル……」彼は地面に落ちたドレスを拾った。
「次の召喚獣が……君の同類だといいな」
彼はドレスを手に、静かな夜の街を見下ろした。