第二話 天界と魔界
第二話 天界と魔界
「ミカエル様、ご来館ありがとうございます」ギルドの受付嬢が丁寧に応対した。
「冒険者ランクの昇格を申請したいのですが」彼女は微笑みながら言った。
この日、ミカエルと主人公、そしてキャラメル(三本尾の黒猫型幻獣)の三人は冒険者ギルドを訪れていた。
「かしこまりました。では空いている試験官を探して参りますので、少々お待ちください」受付嬢は立ち上がろうとした。
「あ、待ってください!」ミカエルは慌てて止め、こっそり横を盗み見た。キャラメルと楽しそうに遊んでいる緋夜の姿があった。
「私……D級までで結構です」ミカエルは少し困ったような表情を浮かべた。
「ですが、ミカエル様の実力ならB級までは確実だとギルドでは評価しておりますが……」受付嬢は彼女の慌てた様子を不思議そうに見た。
「い、一度に高く昇格するのは控えたいんです!」
「ですから……」
彼女は言葉に詰まりながら、不自然な口調で付け加えた。
「かしこまりました。それではそのように……」
――
ギルドを出た後。
「D級昇格に試験が不要だなんて思わなかった」ミカエルは手にした冒険者カードを眺めながら独り言を言った。
「ただし、一定量の魔石の納品が必要だった……」
昨日C級ダンジョンで手に入れた魔石を全て提出してしまった。本来なら緋夜様の召喚用に使うはずだったものだ。
「はぁ……」彼女はため息をついた。
「どうかした?」主人公が心配そうに見上げた。
「やっぱりB級まで昇格したかったんだよね!」主人公は何かを悟ったように、キャラメルを抱きながら隅に縮こまった。
「行っ……行ってくれていいよ、僕みたいな弱いやつとのパーティーなんて……」
「どうせD級ダンジョンでも魔物に勝てないし……」声はだんだん小さくなっていった。
「だよね、キャラメル……」彼は同じく戦闘力のない幻獣に目を向けた。
「そういう意味じゃありません!」ミカエルは慌てて声を上げた。
「どうかしっかりしてください、緋夜様!」
(なぜそんなに自分を弱く見積もるのだろう……)
(私がそばにいるというのに)
ミカエルは心の中で静かに思った。
――
D級ダンジョン――黎明迷宮。
ミカエルは軽々と剣を振るい、襲いかかる魔物を次々と倒していく。主人公はしゃがみ込み、魔物の体内から魔石を手際よく取り出していた。
魔石を取り除かれた魔物の体は、徐々に消散していく。
「ねえ、ミカエル……魔石を取った後、魔物の体はどこへ行くんだろう?」
主人公は掘りながら好奇心に駆られて聞いた。
「人間の間で、迷宮の仕組みについて伝わっていないのでしょうか?」
ミカエルは再び剣を振るい、数体の魔物を同時に倒した。
「ギルドの伝説ではこう言われていますが……」
伝説によれば、魔界が魔物を作り出し、人間界に放って人類を滅ぼそうとした。
その時、天使と幻獣たちが天から降り立ち、人間を助けに来た。
彼らは魔物を迷宮に封印し、人間に魔石の取り出し方、武器の作り方、エネルギー源の提供方法を教えた。
任務を終えると、彼らは天界に帰り、唯一の交流手段として――召喚魔法を残した。
全ての人間が使えるが、弱ければ弱いほど、生贄を通じて祈ることで強い仲間を召喚できる。
「でも迷宮の構造メカニズムには触れてないよね?」主人公は続けた。
「たった三百年で、歴史がこんなに簡略化されていたとは……私が教えた甲斐がない」
ミカエルは呆れたように言った。
「迷宮は、空間創造技術を用いて、魔界と人間界の間に作られた特殊領域です」
「魔界が直接人間界に干渉するのを防ぐための緩衝地帯なのです」
「全体は巨大な迷宮のような構造で、各地の入口は異なるブロックにつながっています。中心に近づくほど、魔界に近くなります」
「そして遺体の回収は、この空間の栄養補給のため――もし迷宮が崩壊すれば、魔物が一気に人間界に押し寄せることになります」
「これで分かりますか?」ミカエルは彼を見た。
「魔界……本当に存在するんだ!」主人公は突然興奮した表情を見せた。
「そこに注目する?」ミカエルは理解しがたいという顔をした。
「だって今まで幻獣しか見たことなくて、ミカエルが本当に天使なら……」本当の天使なのだ。
「じゃあ魔界も存在するかもしれない!」
「まあ……存在しますよ」ミカエルはため息をついた。
なぜ人間が魔界にそんなに興味を持つのか理解できなかった。もっとも、多くの人が天界の存在も信じていなかったが。
「僕はね……」主人公はゆっくりと言った。
「ずっと魔界に行ってみたかったんだ」彼の目は輝いていた。
「なぜですか!?」ミカエルは珍しく驚愕した。
「だって僕、弱いじゃん」主人公は当然のように答えた。
「きっと同類がいるかもしれないし」
魔界は、すべての弱気で、恐れ、無力で、弱小な者たちを受け入れる場所なのだ。
「天界には行きたくないのですか?ほとんどの人間はあちらを憧れるのでは!」ミカエルは焦ったように言った。
「行きたくない」主人公はきっぱり否定した。
「天界は強者の行くところでしょ?弱い人が天使になった話なんて聞いたことない」
「だから僕はやっぱり魔界が似合ってるんだ~」
彼はキャラメルを抱きながら嬉しそうにくるくると回った。
「幻獣界も悪くないけど、残念ながら僕は幻獣じゃないし……」彼は苦笑した。
「うぅ……」ミカエルは傍らで、言いにくそうに彼を見つめていた。
――
彼らは迷宮の奥へと進み続け、ミカエルは魔物を斬りながらふさぎ込んでいた。
(やっぱり……D級なんて彼女にとって楽勝なんだよな)主人公は内心そう思った。
「ミカエル、どうして僕から離れられないの?」彼は突然尋ねた。
「私はあなたの召喚物ですから……」これまでにも説明したことだった。
「でも幻獣は召喚主から結構離れられるよね」
「私は『あなた』という通路を通ってここに来ています。もしも……あなたに何かあったら、その通路は閉ざされてしまいます」
「通路が閉じると……どうなる?」
「私はここに閉じ込められます」
「え……」主人公は凍りついた。
「自分で帰れないの?」彼の声は慌て始めていた。
「できません」ミカエルは重々しく言った。
「前に言いましたよね?迷宮は人間界と魔界の間に構築された領域だと」
この設計は天界にも影響を及ぼす。
「天界と魔界は同じ次元に属しているため、私たちは直接人間界に来ることができず、人間と繋がった通路を通じてしか降臨できません」
「そして人間が弱ければ弱いほど、通路は大きくなります。私もこの大きな通路があったからこそ来ることができたのです」
「この通路が消えてしまえば、私は帰れなくなります」
「そ、それじゃあミカエルはどうなるの?」主人公の声は震えていた。
「他の人の通路を借りられないの?」
「天使は死にません。私は永遠にここに閉じ込められるのです」ミカエルは淡々と笑った。
主人公は愕然として彼女を見つめた。
「天界が自ら人間界に近づく日が来ない限り……」
だがそれはつまり、人間世界が滅亡の危機に直面していることを意味する。
「あるいは……迷宮全体を横断し魔界側へ向かい、天界へ戻る道を探すか……」
だがリスクが大きすぎる。見つかれば魔界の者に捕まり、二度と天界に帰れなくなるかもしれない。
主人公は一言も発せず、キャラメルをきつく抱きしめた。
「心配しないで、キャラメルは違います。こちらで消滅しても幻獣界で復活しますから」
ミカエルは慌てて付け加えた。
「私は幻獣ではないので、幻獣の通路も使えません」
「一人に一つだけの専用召喚通路があり、一度帰ればその通路は閉じてしまいます」
たとえ他の天使がいても、互いの通路を使い回すことはできず、必ず誰かがここに取り残されることになる。
ミカエルは緋夜を心配そうに見つめた。
「で、でも心配しないで。私があなたを守りますから」
私のそばにいれば大丈夫。
「それに、まだ本当の力は出していません」
ミカエルは小声でそう言い、拳を握りしめた。
主人公は依然として沈黙したままだった。
「私……私たち、一旦帰りましょう」ミカエルは手を垂らした。
――
夜、主人公は両親の残した小さな家に住んでいた。
「では、一旦帰還させていただきます、緋夜様」ミカエルは微笑んだ。
毎晩、彼女は天界に戻り、人界の状況を報告しなければならない。
「うん……うん」緋夜は目をそらし、短く返事をした。
それでも手を差し出し、ミカエルはそっとその手を握った。
「また明日、緋夜様」
彼女の姿は次第に薄れていった。
「必ずまた召喚してくださいね」
それが彼女の最後の言葉だった。
ミカエルが消えた後、主人公は一人キャラメルを抱き、ベッドに縮こまったまま一言も発しなかった。