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「雛人形って苦手なんです」前編

「雛人形って、苦手なんです」


 雛人形。ある時を堺に、私は雛人形が少しだけ苦手になりました。


 この時期スーパー等に行くとひなまつりの曲が流れているもので。私はどうしてもある年のひなまつりを思い出してしまい、嫌な気持ちになるのです。


 ひなまつりと言えば一説によると、中国から伝わった厄払いが起源なんだそうで。桃の節句、三月三日に行う行事で、女の子の幸せや健やかな成長を願うお祭り。お祭りという言葉から連想される、外で、屋台でとは異なります。


 地域によって祝う日が異なったり、祝い方が異なったりするそうです。可愛らしい飾り物を吊るす「つるし雛」なんてのもあります。


 私の住んでいた地域では、各家庭で祝うのが一般的でした。

 数段に並べられた雛人形を飾り、三月三日までに片付けるのです。ひなまつり当日を過ぎても雛人形を飾っているのは良くありません。


「嫁に行き遅れる」


 などという今では発言として問題視されかねないような……教え、と言いましょうか。つまり、そういう風習に基づいて部屋に人形を飾るのです。


 我が家でもやはり今くらいの時期になると雛人形が飾られていました。母の実家から持ってきたものでした。なんでも母が子どもの頃に飾られていた大事な雛人形なんだそうです。七段もある大きな雛人形で硝子ケースに入っています。


 贅沢な暮らしぶりでもないのにやたらと大きな部屋がある家に住んでいるのは、今思えばその雛人形のためなのです。


 母は無口で、物静かと言うよりは何を考えているか掴み所のない人でした。表情は一定で、私が幼い頃、母の笑顔を見たことはありませんでした。加えて抜けているのか、私の幼稚園や学校の行事をすべて忘れてしまうのです。


 たまに母が全く何もしなくなる時がありました。

 父は母を時折優しく抱きしめ、あれやこれやと世話を焼きます。これがおかしなことだと気が付いたのは、社会に出てからでした。それまでは、こんなこともある、と特別なことだとは思っていなかったのです。


 そんな母でしたが、雛人形のことだけはよく覚えているようでした。毎年欠かさず雛人形が飾られました。今頃の時期には、必ず三月三日までに雛人形が飾られるのです。そして、三月四日には必ず跡形もなく片付けられているのです。


 大きな雛人形です。一人で出し入れするにはそれなりの労力がかかるはずです。男雛、女雛を始めとした十六体の雛人形だけではありません。ぼんぼりや三宝(さんぽう)はもちろん、楽器や武具、いくつかの乗り物に箪笥(たんす)鏡台(きょうだい)なんかもありました。


 細かい装飾の繊細な小物の数々です。さらに硝子ケースはかなり重そうです。それを一人で並べられるような人には見えないのに、母はけして誰にも手伝わせませんでした。


 私の実家は母の地元にあります。

 母の実家のすぐ側でした。二階建てで一階にリビングやトイレ、お風呂など生活に必要なものが全て収まっています。


 二階は雛人形を飾るための部屋、そしてそれを仕舞う押入れのようなスペース。それだけでした。

 

 間取りがどうにも変なのです。幼い時分には気付きませんでした。家を出るまで気が付かなかったのです。今となっては、間取りの不自然さを見落としていたこと自体が奇妙に思えてなりません。


 地域に残る風習というわけでもなさそうでした。何故ならお友達の家でワンフロア全てが雛人形の部屋、というのは聞いたことがありません。

 

 ですが、私の家では通常のことでした。そういえば、母の実家もそのような造りになっています。

 母の実家も私の暮らした家も、一階にその他すべてを詰め込み、二階には雛人形たちのためのスペースを用意していたのです。


 二階に上がっていいのは雛人形が飾られている間だけ。とは言え雛人形が片付けられたあとは私もその部屋に用がないので、言いつけがなくても立ち入らなかったでしょう。


 間取りのおかしさこそ気付かなかったものの、気味が悪い部屋ではあったのです。雛人形が出ている間、私と母はこの部屋で寝起きしなければなりませんでした。

 夜になると母が能面のような顔のまま、嫌がる私を二階に連れて行くのです。


 部屋に入るとずっ……と空気が重たいのです。子どもながらにたくさんの視線を感じていました。雛人形たちが、こちらを見ている気がします。それがどうにも不気味でたまらず、「この部屋は苦手だ」「入りたくない」と感じていました。


 この雛人形がどうやら他とは違うようだと知ったのは、アウトレットモールで販売中の雛人形を見た時でした。高額な雛人形。そのどれも、最上段に二体の雛人形のみが鎮座しています。

 母の雛人形は、男雛、女雛、三人官女など一般的な人形に加えて、子雛というのがありました。小さな子どもの人形で男雛と女雛の間にちょこんと座っています。きっと可愛いのでしょう。


 どうしても私には、これが可愛く思えません。厭な笑みを浮かべている、と感じたことが何度かありました。

 私に何か言いたげな、そんなふうに感じるのです。夜になると特に。


 雛飾りの隅にゼンマイがありました。夜には母がこれをキリキリと回し、オルゴールの音が流れます。音が止まると母が再びゼンマイを巻いていたのでしょうか? とにかく、ひなまつりの曲は夜通し流れるのです。

 ぎぎ、ぎぎ、と途切れ途切れの音で目を覚ましてしまった時なんかは、恐ろしくて耳を強く塞ぎました。




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