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記録より記憶に

作者: 松葉

 もうそろそろ朝日が昇る時間だが、都内某所の一室ではカタカタとキーボードの音が響いていた。


 部屋の主である秋葉夫妻は、去年勤めていた飲食店が閉店したことをきっかけに、Youtuberとしてデビューした。


 Youtuberといっても、チャンネル登録者数は未だ1,000人程度であり、生計は日雇いのバイトだったり、動画制作の請負で賄っている。


 決して裕福とは言えないが、夫婦の時間は増えたし、何よりも自分のペースで出来る事が、気に入っていた。


 この日は、自分たちのチャンネルにアップする動画と制作を請け負った動画の納品作業に追われ、徹夜だ。

 

 しかし、自分たちが望んだ業務に忙殺される充実感に、夫婦は満足していた。


「よし、これでUP予約完了だ!」

「こっちも終わったわ。起きたら再チェック入れて、納品で終わり」

「おー、お疲れさまでしたっ!」


 外からは、既に小学生たちの元気な声が聞こえてきた。

 この声を子守唄にして眠る日は、もう何日も経験した。


 そして、寝る前にUPした動画が、起きたらバズっているなんてことを期待することもなくなった。


 秋葉夫妻は、ジャンルでいうならば『感動系Youtuber』というやつだ。

 感動的なエピソードをフィクション・ノンフィクション問わず、動画にまとめ、掲載するというチャンネルを運営している。


 当然、この手のチャンネルは競合も多く、登録者数の多いチャンネルはマーケティングやSEOが上手なところだ。


 全く素人の秋葉夫妻が太刀打ちできるわけがなく、毎日投稿を続けていた時に達成した登録者1,000人から増えずにいた。

 動画のネタを集め、動画を作り、UPする。


 登録者は10人増え、そして10減る。


 動画のクオリティを上げようと思ったことはあるが、日々の生活の為にやっているアルバイトは欠かせない。


 こんな不毛の日々が続いたある日、1本の動画にコメントがついた。


 初めて見るアカウント名。

 夫妻は嬉々として、コメントを読んだ。


『動画うぽつです。私は、数か月前から重い病気と闘っています。毎日、体調が悪くて辛い日々を送っていますが、いつもUPされる動画を見ることが私の元気の源です。今日も何とか目が覚めて、このコメントを書くことができました。幸せです』


秋葉夫妻はこのコメントに心を打たれ、病気の視聴者の状況を知りたいと思いながら、返信を続けた。


「コメントありがとうございます。大変励みになります。病気は大丈夫でしょうか? もし、私たちで力になれることがあるなら、記載のSNSアカウントまでメッセージをください」


 返信は、数日後にメッセージで届いた。


『連絡ありがとうございます。日々の動画で十分です。ありがとうございます』

「もし、あなたさえ良ければ、取材させて頂けませんか? 大変だと思うので、メッセージで日々の出来事を送っていただくだけで結構です」


 夫妻にとって、多少リスクのある交渉だった。

 金目当てかと、思われるかもしれない。


 だが、そんなことではない。


 このコメント主が、本当に病気で辛い思いをしている。

 そして、自分たちの動画を楽しみにしてくれているなら、勇気づけられるような、前向きになれるような、そんな内容のものを作りたかった。

 誰かが喜んでくれる作品を作る。


 当たり前のことだが、全くできていなかった原理原則を突きつけられた気がしたのだ。


『大変ありがたいです。実は、医師から余命3ヶ月と宣告されています。私はこの時間を大切に過ごしたいと思っています。それが動画になるならば、他の人々にも勇気や感動を与えることができると信じています』


 秋葉夫妻はそのメッセージを読み、胸が熱くなることを覚えた。


彼らは迷うことなく、返信をする。


「喜んであなたの3ヶ月間を取材し、動画として投稿します。あなたの生活や思いをできる限り多くの人々に届けることができるように努力いたします。どうか、あなたの大切な時間を共有させてください。」


コメント主からの返信が迅速に届き、そこには喜びと感謝の言葉が綴られていた。


『本当にありがとうございます。最後まで頑張る意志が湧いてきました。よろしくお願いします』



それからというもの、秋葉夫妻は日々コメント主とのやり取りを通じて、彼の身の上や感じる思いについて詳しく知るようになっていった。


メッセージが届くたびに、夫妻はそれに応え、励ましの言葉やアドバイスを送り、そして動画制作に活かしていく。

病床にいる彼の事を思うと、手間のかかる質問ややり取りは出来ない。


細かい気配りをしつつの作業は大変なものだったが、苦労や負担は一切感じなかった。

それだけ、夫妻の心は満ちていた。


 日々は、あっという間に過ぎていった。


 秋葉夫妻は、コメント主からの日常や感じていることをドキュメンタリー調に編集し、動画をアップしていった。

 

「外を眺めることが出来た」

「ご飯を一口食べられた」

「一人でトイレに行けた」


 誰もが出来る当たり前のこと。

 誰もが享受している日常。


 それが出来ない苦痛。

 それが出来る幸せ。


 幸せはこんなにも身近で、エゴによって曇っているだけであること。


 こんなテーマがギュッと詰まった夫妻の動画は、日を追うごとに再生数を伸ばしていった。


 そして、3ヶ月が過ぎた。



 3ヶ月が到来してから、コメント主からの返信は滅多に来なくなった。


 秋葉夫妻は、コメント主の性別や素性、病気の詳しい状況は聞かなった。もちろん、病院名も……。


 何度もお見舞いに行きたいと思っていた。

 チャンネル登録者数が1万人になったことも、報告に行きたかった。


 でも、主の動画を作っている中で、彼はそんな状況ではないのだと痛感していた。


 自分たちが思っていること。

 これは当たり前のことで、日常的なことだ。


 だが、彼にはそれがない。

 そのチャンスもない。


 この残酷なまでの現実を、会ってしまうことで彼に理解をさせてしまう。


 それが、余りにも辛かった。


 

 3ヶ月と10日が過ぎたある日……、主からメッセージが届いた。


『いいねの絵文字』

 たった一つ。


 主の状況を理解するのには、十分すぎるメッセージだった。


 震える手で、見えない目で、必死に打った絵文字なのだろう。



 どこの誰ともわからない、その主のことを思い、夫妻は泣き、乾杯した。

 天国の彼へ……。


 

 

 その後、チャンネルは順調だった。

 今では登録者数は30万人にもなり、ネタも視聴者から順次提供されるようになった。


 生活も安定し、バイトはしなくてよくなった。


 そして、秋葉夫人は身籠った。


 この子供は、彼の生まれ変わりなのだろうか。

 

 本当に、あの主は存在していたのか?


 神様からの贈り物か、はたまたただの悪戯か。


 

「乾杯」

「あ、私はお酒飲めないから形だけで。お腹の子に何かあったらいけないもんね」


 私たちは、今の乾杯を捧げている。

 主が最後のメッセージをくれた、あの大切な日に。


読了ありがとうございます。

他の短編や長編も上げていますので、気に入って頂いたらそちらものぞいてみてください。


いつも励みになっています。ありがとうございます。

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