第70話 君の名は
テイマーギルドへと入るとカウンターの向こうに座っている職員と目が合った。
「うわっ」
と思ったら椅子からずりおちて、カウンターの向こうから姿を消した。
「……なんか増えてるんだけど気のせいじゃないよな」
カウンターに手をつきながら顔を出した職員が、眉間をもみながらルナールを凝視している。
「おう、登録に来たぞ」
後ろからクレイブがそう宣言すると、職員の顔が引きつる。
「よろしくお願いします」
きちんと登録してもらわないと困るので、私からもしっかりと挨拶だ。
「あー、えー、最近話題になってる終焉の森から出てきた魔物に特徴がすごく似てるような気がするんですが……、きっと気のせいですよね」
乾いた笑いを浮かべつつも登録用紙を出してくる職員に、誰も答えようとはしない。スノウの時に終焉の森の魔物という事実を頑なに認めなかった過去があるので、本人も本当のところはわかってるんじゃないかとも思う。
登録用紙を受け取るとテーブルへと座って内容を記載していく。
「ホワイトキングタイガーもそうだったが……、ルナールって魔物も初めて聞くな」
用紙を覗き込んでいたクレイブの言葉に、他のメンバーも首を縦に振っている。
職員も口の中でその名前を呟いているけど、聞き覚えはあるんだろうか。
「そういえば名前を書く欄があったんだった」
種族名の下にある名前欄でペンを動かす手が止まる。
「どんな名前がいいかな?」
振り返ると「何してるのー?」とばかりにルナールが顔を出してきたので首周りをもふもふする。
「スノウは真っ白い体から取ったんだけどね」
反対側に雪のように真っ白なスノウも顔を出したので同じようにもふもふすると、ぺろぺろと舐められる。ルナールをじっくりと観察すると、茶色い体毛だけど首からお腹にかけては白い毛で覆われている。しっぽは二本あって、先に行くほど黒くなっている。頭にある角はくすんだ白だ。
「うーん……」
「なんだ、まだ名前つけてなかったのか」
「はい。また会えるなんて思ってなかったので」
「あ、やっぱりここにいたわね」
クレイブと名前についてやりとりしていると、マリンがやってきた。
「アイリスちゃん、探索者ギルドのマスターがその魔物を一回連れてきてって言ってたわよ」
「わかりました」
それにしても……。思ったよりも名前が浮かんでこない。
そっと角に触れると不思議な感触がする。触り心地がよくてすべすべしているはずなのにピリピリする。あ、そういえばここから雷が出るんだっけ。かみなり……、空がピカって光るあれだよね。空中をつたって落ちてくるやつ。
「ピカ――」
『それはダメだ!』
ふと思いついた名前を口にしようとしたところで、キースの強い口調で止められてしまった。思わず左右を見回すもどこにいるかわからない。フォレストテイルのみんなも気づいていないようだけど、バレる危険を冒しても止めるところなのか。
『トールなどにしておけ。神話時代の雷の神の名前だ』
神話時代? なにそれ? 古代文明の当時に神話時代というさらに昔の時代の話があったってこと?
突っ込んでキースに聞いてみたいところだけど、みんながいる前なので無理だ。
「むむうぅぅぅ」
「どうしたのアイリスちゃん。そんなに難しい顔して……。かわいい顔が台無しよ?」
あまりの葛藤に斜め上方の宙を睨んでいると、マリンに諭されてしまった。
「はは、そいつの名前を考えてるらしいぞ」
「あはは、なるほどねー」
本当のことを言うわけにもいかないので、もどかしさだけが募ってくる。
と、マリンに頬を突っつかれた。
自分でも気づかないうちに頬を膨らませていたみたいだ。
「じゃあきみの名前は今日からトールだ」
気持ちを落ち着けるとルナールの顔を両手で挟み込むと、言い聞かせるように伝える。
「クゥーン」
思ったよりも甲高い声が返ってきた。かわいい。
名前が決まったところで登録用紙の続きを埋めていく。
「え?」
「角から?」
「雷を出す?」
特徴を埋めていたところで職員とクレイブとマリンからそれぞれ声が上がる。
「いやいや、雷ってあの、空から落ちてくるアレだろ?」
「それが角から出るの?」
キースの話だとそうらしいです。といっても自分でその場面を見たわけでもない。
「聞いた話ですけどね。……っと、はい、書けました」
「……ああ、はい、確かに」
用紙の確認と一緒にタグをもらうとトールの首に取り付ける。
「これでよし、と」
「そういえば……」
ここでやることも終わりかなと思っていると、マリンがにやりとした表情でクレイブに向き直る。
「新種の魔物の登録はやったの?」
「ん?」
何のことだと言わんばかりの表情だったけど、だんだんと焦った様子に変わっていく。確か前にスノウを登録したときに、代理で新種の登録をしてやるよと言っていたはずだ。
「いや、はは、ちょっと忙しくてな」
「そういえば言ってましたね」
職員も当時を思い出したのか証言すると、私もうんうんと頷いておく。
「今回の魔物も見たことありませんし、なんなら忘れないうちに新種登録用紙を渡しておきましょう」
と言って職員がカウンター奥から用紙を二枚取り出して、クレイブへと押し付けるように手渡す。
「……わーったよ。男に二言はねぇ。きちんと登録してやるよ」
しばらく頭を掻いていたクレイブだったが、とうとう観念したようだ。
「あはは! アイリスちゃんのためにもがんばってね」
こうしてルナールの名前がトールに決まり、クレイブに新種登録をしてもらうことになった。




