第62話 閑話 監視対象
「コヴィル様、呼び出しに応じて参りましたわ」
ノックをして執務室へと入ると、アンファンの街の代官であるコヴィルが書類の山から顔を上げた。
「ああ、サキリスか。よく来てくれた」
「相変わらずお忙しそうですわね」
「はは、まあね。そっちのソファに掛けて少し待っていてくれ」
「わかりましたわ」
そう答えると、サキリスと呼ばれた女が部屋の隅にあるティーポットから二人分のお茶を注いでソファの前のテーブルへと持って行く。とっくに冷めているがないよりはマシだろう。
「待たせたな」
しばらくお茶を飲みながら待っていると、コヴィルが書類を片付けて執務机前のソファへとやってきた。
「いえ。今回は何のご用ですの?」
「うむ。とある人物の人となりを見てきて欲しいと思ってな」
「人となり……ですか。詳細を伺っても?」
コヴィルがお茶に口をつけて唇を潤すと、フォレストテイルから聞かされた話を思い出しながら詳細を言葉にしていく。
「ああ、ターゲットの名前はアイリスという。見た目は女児の格好をしているらしいが四歳の男の子らしい」
「へぇ。それにしても子どもですか。……コヴィル様にそんな趣味がおありだとは知りませんでした」
さらに女児の格好をしている男の子ときたものだ。仕える主がそんな特殊性癖持ちだなんてと、冗談半分にサキリスは思っていた。
「はは、茶化しているようだが、舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「そうですわね。コヴィル様が観察対象として挙げたんですもの」
「わかっているならいい。さて、そのアイリスだが……」
もったいつけるようにしてコヴィルがカップに淹れられたお茶を一口含む。
「まず、終焉の森の魔物をテイムしている」
「は?」
主の言葉が理解できずに素の声が出てしまう。終焉の森といえば、魔物が多く生息している、未だに全容が知れない未知の森だ。生息する魔物はどれも強力で、我が国を上げて森を切り開くことも不可能だとされている。
「連れているのは虎の魔物らしいが、探索者ギルドでも目撃例はひとつもないらしい」
「新種……ですか」
「おそらくな」
そしてコヴィルからは、フォレストテイルから齎された情報が次々と語られていく。
「……それ本当に四歳児なのかしら?」
「疑うのも無理はない。というか私も信じられないでいるくらいだ」
全てを聞き終えてなお懐疑的な表情を見せるサキリスだったが、コヴィルも気持ちは同じようだ。
「ひとまず詳細はわかりました。観察と言うことですが接触はNGでしょうか?」
「いや、接触してもらっても構わない。話が本当なら優良物件だ。ぜひとも我が陣営に取り込みたいと思っている」
「なるほど、承知いたしましたわ。私も興味が湧きましたので」
「ほどほどにな」
「ええ、それでは失礼いたしますね」
コヴィルの元を辞去しながらサキリスは当面の行動の予定を立てる。まずはアイリスが泊まっているアンファンの宿へいくべきか。たまにあの食堂でご飯は食べるし、特に問題はないはずだ。
食堂でアイリスが連れている虎の魔物を見た瞬間、サキリスを絶望が襲った。あれをどうにかできるイメージが湧いてこない。この街などあっという間に壊滅しそうである。
それを思えばアイリスのなんと愛らしいことか。見た目だけなら確かに女児だ。今度は年齢だけでなく性別まで疑わしくなってきたが……。
とにかく絶対に敵に回してはいけない相手だとサキリスは認識した。
「フォレストテイルと仲は良さそうね」
一緒に夕飯を食べている五人と一匹を視界に入れながら、久しぶりのアンファンの食事に手を付ける。
「あら、またシルクの料理の腕上がってるじゃないの」
予想外の収穫に笑顔を浮かべると、監視対象の話へと耳を傾ける。どうやら働きたいらしいけどどう考えても四歳児の思考ではない。見た目は確かに四歳児くらいには違いないが、それなりに成熟した大人と会話しているようにも感じる。
「どちらにしろ、第一印象は悪くないわね」
しばらく観察してそう結論付けると、部屋へと戻るアイリスを見送ってこの日はアンファンの食堂を出た。
翌日も朝からアンファンの食堂で朝食を摂る。
「やっぱり美味しくなってるわね」
ゆっくりと朝食を味わっていると、ターゲットのアイリスが従魔を連れて食堂へやってきた。もうすでに慣れたもので、他の客である探索者も気さくにアイリスと話をしている。
食べ終わって部屋へと戻ったかと思うと、食堂からは見えないがカウンターへと出てきた気配を感じた。
「今日は出かけるのかしらね」
サキリスも食べ終わった食器を片付けると、宿を出て行ったアイリスの後を追う。大通りを街の中央へと向かった後、南へと舵を切る。
「そっちは歓楽街なんだけど、何か用でもあるのかしら?」
興味深そうに周囲を見回しながら歩くアイリスのあとを付ける。従魔がちらりと振り返ったが、何食わぬ顔でついて行く。私の本来の職場もこっちなんだから、何も問題はないはずだ。
道端にパンツ一枚で転がっている男を見てアイリスが足を止めている。ここらあたりでは日常茶飯事ではあるが、思ったよりも驚いているようだ。もしかして知らずに入り込んできたのかもしれない。
そう気が付いたサキリスは、変なのに絡まれる前にアイリスへと声を掛けることにした。
「あらぁ、可愛らしいお嬢ちゃんがこんなところに何しに来たのかしら?」




