第59話 孤児院
どうやら先生は怪我などはしていないようで、ゆっくりと立ち上がると食堂にいるメンバーを見渡す。
「お客さんがいらっしゃったのに、取り乱してしまってごめんなさいね」
少し顔に皺が見える中年ほどの女性である。体の線は細くあるがその瞳には芯が感じられ、意志の強そうな印象を受ける。よく見れば服は継ぎはぎだらけで、男子が言ったお金がないというのは本当っぽい。
二人の男子も同じく継ぎはぎのあるズボンとシャツで、ところどころ穴が空いているところもある。
「いえ、こちらこそスノウが驚かせてしまってごめんなさい。あたしはアイリスって言います」
「うふふ、これはご丁寧に。孤児院を経営しています、イリスレーネです」
「あ、孤児院だったんですね……」
それで先生だったのか。
ということは、私がここに引き取られることになってた可能性もあったってことか。敷地と建物はそれなりに大きかったけど、孤児院と言うのであれば納得だ。
「それでこの孤児院にどのようなご用件で?」
丁寧に対応してくれるけど、正直私自身は孤児院に用事はない。ちらりと茶色い髪の子に視線を向けると、何やらうずうずと言いたそうにしている。
「それよりも先生! 早くお茶を淹れてくれよ!」
が、我慢できなかったのか一歩前に出てそう叫んでいた。
「こらケイル! お客様とお話しているときは邪魔しないって教えたでしょう!」
途端に態度を変えてケイルと呼ばれた男子をしかりつける。
「えーと。あたしもそこのケイルくんに連れられてきただけで、何が何だかよくわかっていないんです……」
とはいえ今回ばかりはそのケイルくんに話に参加してもらわなければ進まない。ジュースを落としたお詫びにお茶をごちそうしたいらしいというのはなんとなくわかるけど、やっぱり本人から孤児院の先生に伝えてもらわないと。
「ええ……? ケイル? 今度は何をやったの?」
と思っていたんだけど、途端に先生の雰囲気が話を聞かないうちからケイルを咎める様子に変わっていく。なんだか過去にもいろいろとやらかしてる問題児なのだろうか。
「ち、ちが……、わないけど、話を聞いてくれよ!」
ケイルが両手を前に左右に振って否定……はしなかったけど、話す気になったということでいったん雰囲気を和らげる先生。
「わかりました。とにかく話を聞きましょう。……こんなところですけど、お掛けになってください」
後半はケイルくんよりも小さい私に向けて丁寧にそう言葉にすると、自身はキッチンへと入っていく。
その様子を見てホッと息をつくケイルくん。
先生の言う通り突っ立ったままというのもなんなので、手近にある椅子へと座るとスノウも足元に座り込んだ。咥えていたカップを受け取るとテーブルの上に置いておく。さすが孤児院の椅子だけあって、よじ登る必要がないから楽でいいね……。
顔を輝かせたケイルくんと、もう一人困惑顔の男の子も椅子に座る。
「さっきも言ったけど、あたしはアイリスだよ。二人の名前は?」
「あ、おれはケイル」
「……ぼくはディック……です」
胸を張るケイルに、大人しいのがディックと。古着屋さんで子どもは少ないって聞いたけど、そういえば孤児院があったんだった。でもみんな継ぎはぎの服だし、古着屋さんで見た服は継ぎはぎはなかったなぁと思い返す。
「お待たせしました。じゃあケイル、さっそく話を聞かせてくれるかしら」
しばらくするとイリスレーネ先生がお茶セットの乗ったトレイを持ってきて、四人に順番に淹れていく。
「あ、うん! そこのアイリスにお茶をいれて欲しかったんだけど、もうしてもらったからいいや!」
もう目的が達成できたからか、すごくいい笑顔でそう言い切るとカップを掴んでふーふーと冷ましている。
イリスレーネ先生を見ると、額に手を当てて苦虫を噛み潰したような表情になっていた。ケイルくんにはさっき会ったばっかりだけど、なんとなく気持ちはわかります。
「……ぼくたち、ボール遊びをしてたんだけど、間違えてアイリスちゃんにぶつけちゃって……。それで、えっと」
「ええ? うちの子たちが大変申し訳ないことを……。お怪我はありませんでしたか?」
予想外なことに大人しかったディックが一生懸命にその時の様子を話してくれる。それを聞いたケイルが、「あ、やべっ」みたいな表情になっているのが面白い。
「あたしは大丈夫です」
というかそもそもいしまるが防いでくれたから当たってないし。
「そうですか……、大事なくてよかったです。ケイル、ディック、それがどううちにお招きすることになったんですか?」
「アイリスちゃんが飲んでた飲み物をこぼしちゃったから……、それでおわびにって」
しどろもどろに話すディックに先生の表情がふと緩む。
うん、まぁだからといって、腕を掴んで強引に引っ張るのはどうかと思うけどね。
「そうですか」
先生はひとつ頷くと椅子から立ち上がり、私の前までくると目線を合わせるように屈む。
「この子たちも謝ったでしょうが、それでもうちの子たちがご迷惑をおかけしたようで、ごめんなさいね」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。中身もほとんど入っていませんでしたし」
「でも……」
「ほんとに大丈夫なので気にしないでください。こうしてお茶もいただいているので」
カップを手に取って口につける。薄い。白湯じゃないかと思ったけど色は出ているようだ。いやほんとに、お金がなさそうなこの状況で弁償しますとか言われたら、こっちのほうが心苦しくなりそうなので、ほんとにもう大丈夫です。
「そう、ですか……。ありがとうございます」
ちょっとだけ安心した様子を見せる先生に、私も心の底からホッとした。




