第56話 心配してくれる人たち
「ごめんなさい」
私は今、スノウの背に揺られながらフォレストテイルの説教を聞いているところだ。心配して探しに来てくれた時には日は沈み始めていて、もうちょっと遅ければ真っ暗になっていたかもしれない。
「しっかしまぁ、従魔のスノウがいるとはいえ、草原で一人で昼寝たぁ相当肝が据わってるよな」
「ちょっと据わりすぎじゃないかしらね」
がっはっはと笑うクレイブに、マリンがジト目を向けている。
そう言われても森の中に比べたらぜんぜん大したことないし、すごく安全ですよ、とは決して言えない。
みんな私のことを心配して、ここまで探しに来てくれたのだ。じんわりと温かい気持ちになると同時に申し訳なくなってくる。
「うう……、ちゃんと帰ってくるようにします」
『私は目覚まし代わりにはならないからな』
ちょっと期待したけど、キースに釘を刺されてしまった。
倒したコボルトは爪と牙がお金になるようだ。クレイブが採取して渡してくれたけど、そのことにまったく気が付いていなかった。森で生活していたときは食べるものさえあればよかったし、素材を剥ぎ取っても加工する術がなかったし。
日が暮れて門を通ったときも、門番からの心配する言葉にますます肩身が狭くなってきた。宿に帰ったらシルクさんにも怒られるんだろうなぁと思ったけど、帰らないわけにもいかない。
宿に帰るとカウンターの内側でそわそわしているシルクさんがいた。スノウから降りてゆっくりと玄関に入っていく。
「あの……、ただいまです」
「アイリスちゃん!」
私を見つけたシルクさんがカウンターを迂回してまっさきに走り寄ってくる。がしっと両肩を掴まれると、シルクさんの目が吊り上がっていた。
「もーどこ行ってたのよ! すごく心配したんだからね!」
「はい。ごめんなさい……」
まったくもってその通りで何も言い返せない。そこまで気を張らなくていい草原とはいえ、魔物がうろついているのだ。昼寝するにしても日が沈むまで起きないとか、緊張感がなさすぎた。
心の中でため息をついていると、自然と視線が地面へと下がってくる。
反省しているとシルクさんに抱きしめられた。
「アイリスちゃんは小さいんだから、ちゃんと帰ってこないとダメよ」
「うん」
心配してくれるシルクさんの温かい気持ちが体温と共に伝わってくる。
こんなに誰かに心配されたのっていつ以来だろうか。王宮で暮らしていた時期を思い返してみても、ピンとくる記憶はない。私の専属侍女だったレイラだったら、同じように心配してくれただろうか? いやそれ以前に王宮内にはそんな危険なことなどなかったけど、でも遺跡の視察に行ったときは探索者に刺されたし……。
いろいろな感情が渦を巻いてきてまとまらなくなってくる。でもこうやって心配してくれる人がいるのは事実だ。胸が温かくなってくるとじーんときて、自然と涙がこぼれてきた。
「え、あ、怒ってるわけじゃないのよ! 私たちはアイリスちゃんが心配だっただけだから、泣かないで」
急に泣き出した私にシルクさんが慌てながら抱きしめなおしてくれると、背中をぽんぽんと叩かれる。
「わかってます。……だけど、心配かけてごめんなさい」
私もシルクさんの背中……、には手が届かなかったので精一杯腕を伸ばして抱き着くと、幼児なのをいいことに目一杯甘えることにした。
「さぁお腹すいたでしょ。いっぱいあるからたくさん食べていってね」
ひとしきり頭をよしよしと撫でられたあと、シルクさんが笑顔になる。そういえば確かにお腹が空いたかも。おなかをさすると、ぐーという音が聞こえてきた。
「あっはっはっは、じゃあ飯にするか!」
クレイブに大笑いされたけど、まぁこういうこともあるよね。
「ごちそうになります!」
「またかよ! まぁいいけどよ」
「うふふ」
そんな私たちのやりとりを楽しそうに見ていたシルクさんと一緒に食堂へと入っていく。この時間帯の食堂は大いににぎわっている。がやがやしていた食堂だったけど、私が足を踏み入れた瞬間に視線が集まり、場が一瞬にして静かになった。
「……え?」
いったい何が起こったのがわからなくて凍り付いたが、次の瞬間。
「嬢ちゃんおかえり!」
「帰ってきたか!」
「見つかってよかったな!」
一斉にその場が沸いた。
宿に泊まっているみんなも、私をちょっとでも気にかけていてくれてたらしい。
話したこともない人たちだけど、温かい人たちに囲まれて幸せだなぁと思った。
「ただいま!」
みんなに聞こえるように、大きい声で返事をする。
「よっしゃ、嬢ちゃんが帰ってきた記念だ! 飲むぞ!」
「嬢ちゃんも飲め!」
「これ食うか?」
「嬢ちゃんも食え食え!」
空いているテーブルへとフォレストテイルの四人と向かっていると、席に座って注文する前から料理が次々と乗せられていく。
「おお、ラッキー! お前らゴチになるぜ!」
それを見たクレイブが高らかに宣言して席に座ると、周囲の客から一斉にブーイングが上がった。
「お前じゃねぇよ!」
「帰れ!」
「嬢ちゃんにあげたんだからお前は食うな!」
「ぷっ、あははははは!」
あっという間に騒ぎになった食堂に耐えきれなくなって笑ってしまう。誰も私をいらない子扱いしないこの街に、とても居心地のいいものを感じていた。




