第55話 閑話 アイリス捜索隊
依頼主への報告が終わったあと、とりあえずさっきの話を本人に伝えることにした。
忙しい代官様ではあるので実際に会える日取りは先になりそうだが、こういう話が来ていることだけは本人に伝えておかないといけない。
むしろ黙ったままで街を出て行かれても困るのだ。
「はぁ……、最初からただの子どもだとは思ってなかったが……」
ティリィから衝撃の事実を聞かされて苦笑いを浮かべる。
「そうね。濁流に流されて生きてること自体も奇跡よね」
「ああ、そういう意味でもアイリスは運がいいのかもしれねぇな」
代官の屋敷を出て中央広場を経由すると、西へと向かって探索者ギルドに顔を出す。
「よう、ギルバート」
見知った職員をカウンターに見つけて声を掛けると、ダレスのタグを探索者ギルドへと返却しておいた。
「はい。確かに受け取りました」
「んじゃまたな」
さっさと用事を済ませると、宿アンファンへと戻ってくる。さて、アイリスはいるだろうかねぇ。
カウンターを通り抜けるとアイリスの部屋である一階の八号室の部屋をノックする。が、返事が返って来ない。
「出かけてるのかな」
「そうかもね。この街は全然知らないみたいだったし、いろいろと見て回ってるのかもね」
「それじゃ帰ってくるまで待つしかねーな」
今の時間はお昼を過ぎたくらいだろうか。今日はもう仕事をする気は起きないし、夕飯時までには帰ってくるだろうからダラダラするか。
食堂へと向かおうとすると、カウンターに眉根を寄せた女将さんがいたので聞いてみる。
「シルクさん、アイリスちゃんってどこに行ったか知ってます?」
「ええ……、アイリスちゃんなら朝からお外に出かけるって言って出て行ったんだけど、まだ帰ってこないのよね……」
「そうなんですね。まあどこかで買い食いでもしてるんじゃないですかねぇ。ああ見えてそこそこ小遣いは持ってるみたいなんで」
「やっぱりそうようねぇ……。心配のし過ぎかしら」
「夕飯時には帰ってくるでしょう」
「うん、そうよね」
シルクさんの表情がある程度回復したのを見届けると、食堂へとなだれ込んでダラダラやることにした。
「まったく……、どこほっつき歩いてるんだか」
宿を拠点としている他の探索者たちがちらほらと帰り始めた頃。なかなか帰ってこないアイリスを心配してか、女将のシルクさんから捜索依頼が個人的に出されたのだ。
外に出かけると言って出て行ったらしいが、あの嬢ちゃ……坊主は連れている虎がとても目立つ。なのですぐ見つかると思ってたんだが……。
「マジかよ」
「そんな……!」
「おい! なんで止めなかったんだよ!」
「いやいや、あんだけおっかない従魔をテイムしたテイマーを止める権利はねえってばよ!」
西門を守っていた門番に詰め寄るが、確かに門番にそんな権限はない。
「つうかそんなに気になるならちゃんと見張っておけよ!」
「……別に保護者ってわけでもないんだが」
「それよりも早く探しに行きましょう!」
言い合っているとマリンが門を抜けて外へと出て行くところだった。確かにこんなところで押し問答をしている時間はない。早くしないと日が暮れてしまう。
「ああそうだな」
外へ出ると西日が眩しく、空が茜色に染まり始めていた。さすがに森までは行っていないと思うが、この広い草原を坊主一人探すのは骨が折れそうだ。ってかあの見た目で「坊主」って言うのも違和感ありまくりだな……。
「とにかく道なりに行ってみましょう」
斥候のマリンが周囲を注意深く調べながら、あぜ道を進んでいく。俺たちも一応調べながら進むけど、マリンほど特化していない。
じりじりとした焦燥感を覚えながらも道を進んで行く。
「くそっ、どこまで行ったんだよ」
「そこまで遠くに行ってない可能性もあるけど……、あっ!」
ついぼやきが漏れたところで、マリンが声を上げた。よくみれば草がかき分けられている跡がある。
「そっちか!」
「たぶん!」
生い茂る草をかき分けて草原の中へと入っていくと、しばらくして草が開かれた場所に出た。
「アイリス!」
「アイリスちゃん!?」
地面に倒れる小さい影を見つけて思わず声を上げるが、傍にいた従魔の虎がのそりと顔を上げただけだった。
数日前に川が氾濫したあの日を思い出して身震いしたが、今日の相棒は穏やかだ。危険なことはきっと何もないんだろう。それに気づいたマリンたちも肩の力を抜いている。
「いやしかし……」
ところどころにコボルトの死体が転がっていて、アイリスが地面に倒れてるとか……。
「まぎらわしいな!」
「ほんと、びっくりするじゃないの!」
こんな広い場所を従魔に作らせて何をやってるかと思えば……。どんだけ神経が図太いんだ? コボルトも奇麗に切り裂かれているが……、虎の爪は鋭そうだな。
従魔の虎を気にしつつもアイリスへと近づいていく。ゆっくりと胸が上下しているところを見るに、やっぱり寝ているようだ。
「おい、起きろ! もうすぐ日が暮れるぞ!」
「んあ……」
若干の苛立ちと共に声を掛けると、アイリスの目がうっすらと開いていく。
「もう、こんなところで寝るなんて、風邪ひいても知らないわよ」
隣でトールが頷いており、ティリィは広場と草原の境目を調べているようだ。
「……ふえ? ……おふぁようございまふ?」
微妙に覚醒したアイリスだったが、周囲を見回してまだ寝ぼけていた。




