第35話 オババ様
「なん……だと」
オーガの村に着いた私は、その村の様子を見て言葉をなくしていた。森が切り開かれていて家がぽつぽつと建っている。想像していたよりも広いその場所は、確かにオーガの村だ。
魔物が建てる家と聞いて、隙間だらけのあばら屋を想像していたのだ。私が精霊魔術で作る家も、壁と屋根があるだけの実質小屋だし、壁の隙間を埋めることはできていない。それくらい難しいのだ。
だというのに。
『立派な丸太小屋だな』
そう。キースの言葉通りにオーガの村には丸太小屋がそこかしこに建てられていた。丸太を切り出して積み上げ、切り込みを入れた場所ががっちりとかみ合うようになっている。入り口もドアノブのついた扉が取り付けられていて、きちんと開閉できそうだ。
私の作る家には扉なんてない。妙な敗北感を味わいつつもオーガの村へと入っていくと、ちらほらとそこかしこにいたオーガが集まってきた。
ここまで案内してくれたオーガが、身振り手振りとよくわからない言葉で集まったオーガたちに説明しているようだ。
「こっチだ」
一通り終わったらしく村の奥へと進んで行く。その後ろをぞろぞろと他のオーガがついてくる。やがて見えてきたのは他の家より立派な建物だ。オババ様とは村長的な存在なのだろうか。
軋む音を立てて扉を開けると中に入っていく。残念ながらシュネーは大きすぎて入れなかったので外で待機だ。一緒に後ろをついてきたオーガたちも中には入って来ず、道中を案内してくれたオーガたちだけとなっている。
地面は土間続きで板床が敷いてあるわけではなさそうだ。奥には木製のテーブルとイスがいくつか並んでいる。隣の部屋へと進めばベッドが置いてあり、そこに一体のオーガが横たわっていた。
「あっ」
見た瞬間わかった。
オーガの周囲に下位精霊がたくさん集まっている。これがオーガが言っていた「オババ様と私が同じ」ということだろうか?
『どうした?』
思わず上げた声にキースが反応する。正直に告げると何やら考え込んでいるようで静かになる。
「オババ様だ。どうダろうか」
ベッドの上で眠っているようで目は閉じられている。顔を覗き込んでみると、他のオーガに比べてしわが多く、体つきもかなり細い感じだ。額から生える角は途中で折れているのか短くなっている。
「うーん……」
オババ様というからにはかなりの高齢なんだろうか。単なる老化現象というのであればお手上げなんだけど。そもそも精霊魔術で治癒や回復系の魔術は使ったことがない……というかあるのかどうかも知らないし。
「……なんだい、さわがしいね」
一人で唸っていると、どうやらオババ様が目覚めたようである。
「オババ様!」
上半身を起こそうとするオババ様にオーガが駆け寄り、背中を支えて起き上がらせる。
「うん?」
周りに集まっている私たちを見回した後、私へと視線を固定するオババ様。細かった目がだんだんと見開かれていき、ずっと見つめられて居心地が悪くなりはじめた頃。
「誰だい、この子は?」
思ったよりしっかりした声と流暢な言葉でオババ様が周囲に問いかける。
オーガたちには特に自己紹介をしていないので、答えられるのは私しかいない。しかも精霊が集まってきていたオババ様だ、こう答えるのがよく伝わるだろうか。
「精霊術士のアイリスです」
驚いた表情を見せるオババ様だったが、どこか納得したような表情でもある。私が感じたみたいに、やっぱり何か感じ入るものがあるんだろうか。
「他の術士様に会うのは初めてだね。しかもこんなに小さいなんて……」
「ということはオババ様も?」
「たぶんそうさね。この子たちが見えるようになってから不思議な術が使えるようになったのさ」
目を細め、優しい手つきで近くにいた蝶の羽が生えた芋虫を撫でる。ちょっと絵面がアレだけど、撫でられてくねくねしているのを見るとなぜか可愛く見えてくるから不思議だ。
「あたしゃもう寿命だってのに、周りのヤツらは聞きゃしない。だってのにこんなところまで子どもを引っ張り込むなんて、何やってんだい」
「オババ様、助かっテ欲しイ」
オババ様の嘆息に周りのオーガが委縮するが、それでもオババ様を思う気持ちは曲げたくないようだ。
でもオーガという種族は基本的に頑丈だ。寿命が近いと言うオババ様も、まだ元気そうに見える。
『ふむ、寿命か。少し調べさせてもらっても?』
「なんだいこのへんちくりんなやつは……。まぁいいさ、好きにしな』
初めてキースに気付いたようなオババ様だったが、まったく慌てる様子がない。よくわからない喋る球体にも動じないのは長生きのたまものだろうか。
いつもの光がオババ様に照射されるがしばらくすると消える。周りのオーガが動揺するが、慌てる様子のないオババ様にすぐに落ち着きを取り戻す。
『内臓がボロボロだな。寿命が近いというのも間違いではないだろう』
「そうかい。歳は取りたくないもんだねえ」
『さすがにここまで老化が進んでいると手の施しようがない』
私は幼児化したけどと言いかけたけど、寸でのところで口をつぐむ。設備のないこんなところだと無理そうだし、確実にできないことは言わないほうがいい。
「アイリスと言ったね。よかったら、外の話を聞かせてくれないかい?」
こうして助けに駆け付けたが何もできなかった私だけど、オババ様の要望に応えるべく世間話をはじめることになった。




