ある日の兄妹のやり取り
頭上の電球がチカチカと音を立てた後、部屋を明るく照らす。
目が暗闇に慣れていたせいか、光に対して身体が自然と拒否反応を起こした。右手で目の上に傘を作りながら、この優雅な一時を邪魔しにやってきた人物を探し部屋の入口へと視線を向ける。
突然の眩い光のせいで視界が白んでよく顔は見えない。ただ、腰に手を当てて怒っているような仕草をしている様子から妹であることが伺えた。
「クソ兄、朝過ぎてんだからカーテンぐらい開けろよ、みっともない」
「眩しいんだよ……」
「てめぇはモグラにでもなったつもりか?」
頭に響くような甲高い声ではなく、静かに体に染みてくるようなハスキーな声音。やはり部屋の電気をつけたのは妹のようだ。
床を大げさに踏み鳴らしながら近づいてきた妹は、乱暴に寒さしのぎのために被っていた布団を剥いだ後、勢いよくカーテンを開けた。レールを滑るカーテンが心地よい音を鳴らすが、開いた窓から刺す日差しがさらに目を焼いてくる。
手元にあるゲーム機の画面も太陽光が反射して見えなくなってしまった。
ああ、どうしてこんなに口調が雑に育ってしまったのだろう。
妹の口調が変わったのはこれで二度目。
一度目は小学校5年生に上がった時。何を思ったのか可愛らしい舌足らずな口調からいきなりお嬢様言葉に変えて、語尾に「わよ」だとか「ですわ」なんてものを付け始めた。あれはあれで頑張って背伸びをしているようで可愛らしかったのだが、問題は二度目である。
二度目の転機は中学校に上がった時。さすがにお嬢様言葉は年ごろの乙女として恥ずかしいものがあったのだろう。だとしても。何故こんな男勝りな口調にいきなり変えたのか。これが分からない。
友人曰く「姉や妹がいれば足蹴にされるのは当たり前」とのこと。昔はあんなに可愛らしかったのに。これが反抗期というやつなのだろうか。
ただ、幸いというべきか家の妹は暴言を吐くだけで、暴力を振るうようなことはしない。布団を乱暴に剥いだり、物を取ってくれとお願いすると振りかぶって投げてきたり、ギリギリ手の届かない所に置いたりするのだが直接的な暴力を振るうようなことはなかった。
「家に籠ってばっかりいるんじゃねぇよ。鬱陶しい」
「久々に大学が全休なんだ。休みの日ぐらいゆっくり休ませてくれ」
「んなこと言って、昨日も夕方までぐうたらしてたじゃねぇか」
冬の寒さが残るこの時期に窓を開け放った後、そんな言葉を残して廊下へと通じる扉も開けたまま部屋から出ていった。閉めようとも思ったがそうもいかない。帰り際こちらに向けてきた視線は「空気の入れ換えなんだから閉めるんじゃねぇぞ」と語っていた。
これで閉めようものなら晩飯のおかずが一つ減ってしまうかもしれない。それは由々しき事態だ。
妹の言いつけを守るように、寒さから身を守るために剥かれた布団を深く被り直す。
布団のおかげで影もできて、ゲーム機の画面もよく見えるようになった。
ひょう、と開いた窓から入ってくる風の音が布団越しに聞こえてくる。温かかった布団の中は、一度剝かれたことによって温もりが減っていた。
寒さによって関節が氷漬けにされたような感覚に襲われる。加えて、寒暖差によってゲーム機の画面に水滴が産まれ再び見え辛くなった。手が動かず、画面も見難い、縛りプレイを進んでしたいとは思わない人間にとってこの状況は苦行である。
流石に窓を閉めたい気分になったが、やはり過るのは晩飯のこと。ゲームと妹作のおかずを天秤にかけてどちらに傾くかなんて決まっている。
ブルリと身体を震わせながら布団から這い出ると、暖房が効いているだろうリビングに向かうことにした。
「あれ? 父さんと母さんは?」
「頭狂ってんの? 今日平日だっつーの」
「? じゃあ、なんで学校に行ってな……。ああ、春休みだっけ?」
「そういうこと」
昔自分も通っていた自称進学校。来年度には高校二年生にあがる妹は、現在そこに通っている。
思い返せばあの学校は、一年次の頃から赤点か否かを問わず長期休みには鬼の補習が行われていた。平日なのに家に居るということは、ようやくその補習から解放されたということだろう。
勉強の合間の休憩時間だったのだろうか。リビングのテーブルには端に寄せられた勉強道具と空席になった椅子の前に栞が挟まれた小説が置かれていた。自分が高校生に上がった頃はまったライトノベルだった。
「ん」
「お、ありがとう」
「どういたしまして」
勉強の邪魔にはなるまいとテーブルから離れてソファーに座る。すると、直後に甘く香る湯気が立つココアを注いだマグカップが出てきた。
休日であれば「いつも通り」という冠詞が付くような何でもないやり取り。だが、今日は平日である。ということは、特別な日と表すのが最適だろう。