8.鍵の在り処
――沈黙が重い。
ほんの数秒間がやたらと長く思える静けさに、ルカはひとまず言葉を探そうとする。顔を上げると、作り置きなのだろうが温かい紅茶を目の前に出される。
それにありがとう、と呟くと、クレアは表情を変えることなく頷いた。少なからず、向こうも緊張しているのだろう。
「あの――」
「えっと……」
ほぼ同時、お互いが話題を切り出そうとした。こんな時には決まってこういうパターンがついてくるものだが、ここまで月並みに行動が重なるのも困りもの。
しばし間をおいて、ルカは「先に」と切り出すが、クレアは首を横に振る。
「君から訪ねてきたんだから、先に話す権利と義務がある」
そんな事を絶対言うと思った。仕方なく、ルカは頷いて紅茶を啜る。一息置いて、目の前の翠色の瞳を見つめた。
「――この間は、本当にすまなかった」
漸く――とはいえ、数秒足らずだが――そう切り出せば、クレアはこちらをじっと見据える。何を考えているかはわからないが、ここで目はそらせない。
暫し視線が交錯し、それから――
「――そのことは、もう構わないよ」
ほんの少し苦笑いしながらも、クレアは比較的明るい口調で答えた。どうやら、許してくれたらしい。
少し胸のつかえがとれたような気がしてほっとする。まだまだほっとできない事は多いが、ひとまず彼と仲直りできた事はルカにとって大きなことだ。
ありがとう、と二度目の礼をして紅茶を啜る。仕事の話を切り出そうかとも思ったが、やめておくことにする。
「それで、君の話に移ってもいいかな。……俺の話はこれで終わりだ」
カップを置いて、もう一度クレアを見つめる。小さくうんと返事をして、クレアは懐から何かの包みを出した。
「――君が探していた鍵だよね」
その包みを開いて、クレアは何となく重い声音で呟いた。
――背筋に、嫌なものが走る。
「……。君が、ずっと持ってたのか?」
「……」
無言で、クレアは頷いた。申し訳そうな中に、不安そうな色を交えた瞳でこちらを見る。
この目は、知っている――いや、見覚えがある。初めて出会ったころのクレアも、こんな目で自分を見た。
「……君の事だから、いろいろと調べたんだろうね」
「……怒ってる?」
問いのつもりが不安そうに質問で返され、ルカは苦笑して首を振る。
クレアの性格はよく知っている。恐らく、自分の素姓を知って彼が調べない筈もないだろう。
「……その事に関しては、気にはしない。……黙っていた俺の方が、悪いからね」
テーブルの上に置かれた鍵を手に取り、孔雀の紋章が掘られた面に裏返す。
本来ならばここにあってはならないその鍵を、クレアはじっと見つめる。レディエンスの紋章――それを見て、動揺しないはずもない。
解っているからこそ、こういった形で彼に知られてしまうのは不本意でもあった。
「説明はきちんとしよう。……君もいろいろと、聞きたい事はあるはずだ」
「……」
今にも泣きそうな表情で、クレアはこちらを見つめる。恐らくは、信じたくなかったのだろう。誰だって、事実を否定したくなる事はある。
潤んだ目を一度伏せ、クレアは何かを考え込むように俯いた。程なく、顔を上げたそこには真剣な瞳。
「僕から、聞きたい事は一つだけ。
――君を信じてもいいの……?」
ほんの少し予想から外れたその質問に、ルカは複雑な思いでゆっくりと頷いた。




