7.ふたりの決心
数日が経った頃か、随分とルカを避けている気がする。ほんの少し酔っていただけの彼に対してこの仕打ちはちょっと酷いかもしれない、そんな事も考えたが、なぜかあの時の目が恐ろしくて近寄りがたい。
ルカの事は大事な親友だし、信頼もしている。が、ここ最近はそれが崩れてしまわないように努力するのが精いっぱいだった。
あの日、執務室で鍵なんか見つけなければ、何も考えずにすんでいただろうに――。
そこまで考えて、クレアは止まっていた手を再度動かし始める。
ここ最近、考え事が増えたせいで仕事のスピードが随分遅くなった。それでも、定時までには終わらせるのだが――
「随分物思いに耽ってるな」
そう遠くない場所から声をかけられ、クレアは顔を上げる。相変わらず目立つ緋色の髪の騎士――カイが、無表情のまま書類を持って立っている。
「――ああ、いたんだ」
「……気付かないほど考え事、か。らしくねえな」
らしくない――確かにそうだ。自分でもそう思う。
仮にも騎士とあろう人間が、周囲に理解できるほどの迷いを見せるとは――
「師団長失格だね。――変なところを見せてごめん」
「……いや、問題ない。どうせ元凶はルカだろうからな」
やはり無表情のままで、カイは核心を突いてくる。相変わらずよく解っている男だ。しかし、それに関してもさほど気にはしていないらしい。
「そのうちどうにかなるような事なら、悩むくらい構わんだろ」
短い言葉だが、何故かカイの言う事は重く響いてくる何かがある。彼自身が口下手なせいもあり、ちょっとした一言にも相当悩むタイプだからかもしれない。
が、正直クレアは「どうにかなるのか?」という疑念を持っている。が、考えるまでもなくカイの言う「どうにかなる」は、結果が見える事であって穏便に解決される事ではない。
「――じゃあ、もう少し悩んでみようかな」
ほんの少し何か痞えていたものがとけた気がして、クレアはいつもの笑みを浮かべた。
溜息を吐いて、ドアの前を行ったり来たりする。ただ謝るだけの事がどうしても怖かったり恥ずかしい、そんな事は人間なのだから当たり前の事だ。
しかし――
先日の件は、いつもとは訳が違う。真面目に自分の部下として尽くしてくれているクレア相手に、法を破るような事をすすめたのだ。それも、仮にも国王と名のつく自分が。
それは流石に、ただ謝るだけでは済まない事だと思っている。
そんな葛藤のせいか、ルカの足は一向にドアの方を向かない。数十分はそんなことで時間を潰しただろうか、不意に、目の前のドアが軽く開いた。
「――うわっ!?」
「……やかましい」
見れば、書類を抱えてしかめっ面をしているカイだった。思わず上げた叫び声に、冷たい突っ込みが炸裂する。ああ、お前ってそんな奴ですよね。等と思いながら、ルカは肩を落とす。
「……クレアは?」
「当たり前だが仕事中だ。……さっさと行ったらどうだ」
ああ、やっぱり冷たいです、この人。
目の前の赤毛に恨めしい視線を投げれば、カイはものすごく迷惑そうにこちらを一瞥し、踵を返して去っていく。
あれでも一応、彼なりの愛情表現らしい。昔クレアにそう聞いたが、明らかに自分にだけ態度が違うように思う。
しかし、そんなことで悩むより、気を利かせてそのまま立ち去ってくれたのだろうカイを見送ってドアの前に立つ。ほんの少し、ノックの手が震えた。
「――どうぞ」
ノックをしてすぐに、いつもの調子で返事が帰る。ゆっくりとドアを開いて中に入ると、目的の相手は相変わらず大量の書類に囲まれながら仕事をこなしていた。
「……何かあったの?」
「……いや、その……この間の事を謝りたくて」
遠慮がちに呟けば、クレアは動かしていた手を止めて羽根ペンをスタンドに戻す。
話を聞いてくれる意思は、あるようだった。
だが――
「……丁度よかった。僕からも、話があるんだ」
その時のクレアの瞳はいつになく真剣で、何かを決心したようにも思える。
不安や戸惑いのない交ぜになった何とも言えない感覚に包まれ、それでもルカは頷いた。




