3.信頼と疑念
執務室に戻ると、既に起きてきていたルカが机でぼんやりしていた。ドキリとして、一瞬まだポケットにある鍵の事を思い出す。
入ってきた自分に微笑みかけ、ルカは椅子から立ち上がる。きれいになくなっていた書類に対して、ありがとうと礼を言われた。
「仕事を押しつけてすまなかったね」
「――ううん。……随分早く起きたんだね」
さりげなく、仕事の話には触れないように話をそらす。とはいえ、このまま彼がいない隙に鍵を戻しても、疑われてしまうかもしれない。
「ああ、どうも暖かくて眠気が襲っただけみたいで。ところで、だいぶ部屋を開けてたみたいだな」
何かを気にするような仕草で呟くルカに、クレアは間違いなくあの鍵の事だと確信する。できるだけいつもの微笑を浮かべ、どうかしたの?と尋ねた。
「ああ、俺が寝惚けてどこかにやったのかもしれないんだが、大事なものがなくなってて。クレアのいない間に誰か来たのかもしれないとは思ったんだが、困ったな」
「――どんなもの、なの?」
心なしか鼓動が速くなる。平静を装い、眼を見ないよう彼を見上げた。目を合わせたくなければ鼻や口を見つめればいいとは、もう遠い昔に亡くなった祖父の話だった。
「銀製の鍵なんだ。大分古いものでね。父の形見だったんだが」
「――そう……」
俯いて、どうしようかと思い悩む。このまま、ポケットから鍵を出すべきか。それとも、まだ黙っておくか。
結局、まだ黙っておこうと決心すると、クレアは顔を上げる。
見ていない、そう答えるときのなんと辛いことだろう。
「そうか、すまなかった。それにしても、一体どこに――」
引き出しや机の下を探すルカに、クレアは申し訳ない気持ちになる。
それと同時に、ルカの言葉が脳裏に張り付いて離れない。
――父の形見――。
王立図書館には様々な本がある。それこそ、クレアがまだ読んだ事すらないような古い書物から、最新の叙事詩や伝承歌、論文、エッセイ、とにかく毎月毎年、その蔵書の数は記録を大幅に更新していく。
写本の量もそれなりにあり、重要な古文書等の内容は、本自体が貴重なために写本として複製されて置かれている。
それらの中でも、写すことも禁じられ特定の人間しか閲覧できない文献――ようは、王族関連の極秘資料だが――それを閲覧するため、クレアは通常なら立ち入れない図書館の奥にいた。
クライストの紋章が柄の部分に掘られた短剣を取り出し、重厚なドアにぽっかりと空いた穴へそれを差し込む。短剣の形にぴったりと合うその鍵穴は、特殊な魔術を施された王家の剣――クレアが今持っている短剣でしか、開けることはできない。
出入りの許されているルカの私室から、勝手にその短剣を持ち出した事に罪悪感は覚えた。だが、クレアには確認したい事がどうしてもあった。
たとえこの結果、重い罪を背負おうとも構わない。自分がルカに対して思い描いていた理想の姿を、本当だと信じられる要素が欲しい。
重いドアを押しあけて、クレアは短剣をドアから引き抜く。中に入ってドアを閉めると、再び鍵がかかった。
「――明かりよ」
ぼそりと言霊を発すれば、手のひらから煌々と光が生まれる。それを頭上に放り投げて明かりを確保すると、そう広くない資料室が照らしだされる。
眼鏡の端を上げて角度を直し、まずは並んだ資料の中から目的のものを探す。
棚に並べられた資料を一つ一つ確認しながら指でなぞっていると――
「あった」
薄い冊子を手に取り、そっと壊れものを扱うように開く。真新しい羊皮紙と、どんどん古くなっていくそれが積み重ねてある冊子には、系図と記してある。
つい最近足されたであろう系図の最初のページを開けば、リュシカオル・クライストの名前があった。が、そこから伸びる線は先代のクライスト八世ではなく、ページの上部へ伸びて途切れていた。よく見れば、八世の婚姻欄には誰もいない。確かに、結婚をしていたなどと言う話は聞かず、ルカ自体も分家から継承者としてよこされたという話は耳にしていた。
これだけならば、養子としての手続きをしていなかった程度で済むが、ルカの部分だけが次のページに続くことを意図された系図には、とても違和感を覚える。
次のページ、その次のページ――不安を覚えながらページを繰る。時系列としてもう、四百年以上もその「線」は続いていた。
そして、六百年を過ぎたあたりか。
「……ルシウス・メルキゼデク・レディエンス?」
突如、その長く続いていた線に見なれない名前が出現する。それも、レディエンスと名のつく、明らかにかの国の王族の――
震える手で、もう一度ページを戻す。そこから繋がっている線は、やはりリュシカオル・クライストに変更されていた。
「うそ」
にわかには現実を信じきれない。嫌な憶測ばかりが頭を巡る。それを否定する自分と、疑いを持つ自分が混在し、頭の中が真っ白になった。
――ちがう、これはきっと別の人だ。
そう願うように呟きながら、またページをめくる。もう八百年を過ぎたころ、不意にその線は途切れた。
――ルシウス・メルキゼデク・レディエンス、亡命。
――妻、マリア・クライスト。




