1.陽光の国
春も麗、クライストは若芽の季節を迎えていた。通りは、今から咲き誇ろうと蕾を大きく膨らませた桜の木が並ぶ。
クライスト城は暖かい日差しを受け、今日も街の一番奥、山々に挟まれるようにして聳えていた。
そんな暖かい日差しに照らされ、執務室で居眠りしている男が一人。
蒼い髪を三つ編みに束ねた彼は、書類が敷き詰められた机に突っ伏して気持ちよさそうに眠っている。
と、その髪に白い手が触れた。
「困ったな――」
迷うように発せられた声は、心なしかひそやかで、眠っている彼を起こさないよう気遣われていた。
緑の長い髪を腰の下まで伸ばし、小柄ながらも軍服に身を包んだ彼は、目の前の上司――リュシカオル・クライストを見つめて溜息を吐く。
居眠りをするのは構わないが、できれば仕事を終わらせてほしかった。
そんな事を思い、少女とも見紛う華奢な少年――クレアは、そっとリュシカオルの肩をゆする。
「ルカ」
小さく愛称を呼ぶ。が、リュシカオル――ルカは、起きようとしない。
ここ数日睡眠不足だったのだろう、それは解っていた。寝るにしても、この机からどいてくれないと自分が仕事を肩代わりすることもできない。
「起きて――ねえ、ルカったら」
もう少し強く肩をゆする。とはいえ、元々控え目な性格のクレアにとってのそれは、他人から見れば生ぬるいんだろう。
暫くそんな風に格闘していると、緩やかな揺れにようやくルカがうめきを上げる。
起きたかな、そう思って手を離せば、ルカは寝惚け眼を擦りながら起き上った。
「――クレア?」
「やっと起きた。……眠いなら仮眠室にいきなよ」
にこりと微笑みかけて――苦笑交じりだが――囁けば、ルカはごしごしと目を擦りもう一度クレアを見る。どうしたのかと首を傾げれば、そっと頬にルカの手が触れた。
寝惚けているのか、それとも何か意図があるのか、解らないがその場にじっと固まる。沈黙が数秒続き、その後すっと手が放された。
「ごめん、おはよう」
「……寝惚けてたのか」
何となくほっとして、苦笑する。ずっと寝惚けていられてはこっちが困る。
「いつの間に寝てたんだろうな……。仕事をしないと」
苦笑いで、ルカは書類を束ねる。その書類をクレアがそっと掴んだ。
「休んでいいよ。もう大分寝てないでしょ。――君の筆跡をまねるくらいはできる」
「でも――」
休むの。
にこりと笑みを浮かべ、一言で一蹴する。
師団長の名は名ばかり――と言えど、自分はルカの部下であり、守るために用意された騎士なのだ。
その立場に誇りを持つためにも、彼に無理な仕事はさせたくない。
その意思を汲み取ったのか、それともこれ以上言っても無駄と思われたのか――ルカは苦笑して書類から手を離す。
仮眠室に入っていくルカに「おやすみ」と手を振って、クレアは今まで彼がいたその椅子に腰を下ろす。
「あーあ、涎なんか垂らしちゃってる」
しょうがないなあ、なんて思いながら、手持ちのハンカチで書類を軽く吹く。皇帝陛下なんて言っても結局は人間なのである。
「ん――?これ、ケイマのサインがまだない。先に回すべき書類なのに、ずさんだな」
溜息を吐いて、とりあえず書類を横にわける。もしかしたら今までに処理されたものにもそんなのがあるかもしれない。なんて思いながら、残りはそう多くなかった仕事を片付けて、終わっている書類をチェックしていく。
と――
「……鍵?」
机の隅に、ぽつり。
銀色の小さな鍵が置かれていた。




