水葉由良の友人たち
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「かっこ悪いとこ見られちゃったなあ」
「そんな風には思っていませんが」
国道に沿った歩道は、ちらほらと人が歩いている。
時折、先輩の右側を歩く僕の体を、歩道を疾走する自転車がすり抜けて行った。
更に右には車道があるので、まかり間違ってぶつかれば大事故になってしまいかねない。僕は極力存在感を消した。
自転車はどれも無事通過して行き、その度に先輩が少し驚いた顔をしたが、お互いにそれどころでもない。
「次の本、何か貸してよ。気晴らししたい」
「……僕、あんまり、明るい本って持ってないですよ」
「暗い話が好きな人って、性格が明るいって言うよね」
「初耳ですし、そうだとして、僕は全くの例外ですね」
「私も登校拒否なんだ」
その先輩の言葉から 十数歩、並んで、無言で歩く。
「いつかは言わないといけないなって思ってたんだけど」
「いけないってことはないと思いますけど」
「私、五月女くんからはどう見えてた?」
「思いやりがあって、面倒見のいい――」
僕もこうなりたいと思うような、
「――優しい先輩だと思ってました」
「おお、それなら結構私の狙い通りかも。できれば、五月女くんの前でくらいは、立派な先輩でいたかったから」
「何で過去形なんですか」
「失敗したもん」
「してませんよ」
先輩が、足を止めて僕の方を向いた。
「してません」
「君はいいやつだね。私は嬉しい」
「さっきの人たちが、原因なんですか」
「よく分かるね」
分からいでか。
僕たちは、再び歩き出した。
「さっきの、女子の方が、香田詩杏。男子の方が、佐野幹臣。私の中学からの同級生。詩杏は大人しくて引っ込み思案で、そこに私や佐野……ミキがちょっかい出し始めて、最初から気が合ったし、すぐ仲良くなったよ」
「……はい」
「ミキが彼女作ったりとかして、私たちとの距離感が微妙になったこともあったけど、一番の仲間のまま中学を出て、高校も三人同じところに受かった」
「……それはなかなか珍しいですね」
「そうでしょ。私は、……受験の少し前くらいから、詩杏がミキのことを好きなのに気づいてた。二人がくっついたらいいなあって、何度も思ったよ。でも、いくら仲いいからって、私がミキに『他の女なんかに手を出さないで、詩杏と付き合いな』なんて言うのも変な話だし」
僕は、うなずきかけて顎を止めた。
「そういうものですか。仲間も友達も好きな人もいないので、僕には分かりませんが」
「そ、そっか。ま、私はそうだったんだよね。で、ミキは高校に入ってすぐにまた別の彼女作って、秋には別れたりしてた。……詩杏にはやっぱりきつくて、あの時はとにかくしんどかったな。……なんてことをしつつ、私たちも二年生になりました。そんな初夏のこと」
「今年の一学期ですね」
「そう。私が、ミキに呼び出されたの」
□
水葉由良は、自分の高校の閉鎖された旧校舎というものに、さして興味がなかった。
そういえば廃墟巡りが趣味だというクラスメイトが楽しそうに騒いでいたような気もするが、由良は、立ち入れない場所というものに関心を持つ性格ではない。
その旧校舎の裏手に、放課後に来てくれと佐野幹臣に告げられた時も、何だってそんな辛気臭いところに、物好きなやつだな、くらいに思っていた。
ただ、改まって何の話をされるのだろうと思うと、不可解な緊張感には囚われた。新しい恋人が出来たんだ、とでも言われようものなら、蹴りの一つでも入れるつもりでいた。
どうせなら、詩杏を呼び出して、告白でもしてやればいい。
詩杏の家は、父親が娘に無頓着で、母親は詩杏への愛情はあるものの、自分の楽しみを極端に優先するタイプだった。
詩杏が生まれながらに孤独にさいなまれているのを由良も幹臣も理解していたし、落ち着いて見える詩杏がその実、人から自分に特別な愛情が向けられることを渇望していることも知っていた。それが、時には精神の不安定さを誘発することも。
詩杏は、由良と幹臣が傍にいれば充分だと感じていて、他に交友関係を広げようとしなかった。元々、由良たちと出会うまでは、友人らしい友人もいなかった。それがまた、当の由良と幹臣には危うく思えた。
早く何とかしてやりたい。安らぎを与えてあげたい。そう思っても、二人の高校生には有効な手段がないまま、今日まで過ごしてきた。