アンコール 夢路より帰りて
翌朝、スマホに流れてきたニュースで、僕はバイト先の近くの公園で麻薬の売人が捕まったという記事を見た。男は地球儀の形のぐるぐる回る遊具の中で発見された。意識もうろうとして意味不明のことを口走っていて、一度は病院に運ばれたが、命に別状はなく、薬物反応は出なかったという。記事に添えられていた写真は、まみちゃんを追いかけていたあの男だった。
SNSでは、男が謎の金属の輪っかを腕にはめられていて、身動きが取れなくなっていたとか、警察でもそれを外せなくて、結局、工作機械で輪っかを切断しなきゃならなくなったけれど、では誰がどのようにはめたのかはわからずじまいだったらしい、というまことしやかな噂がささやかれていた。
まみちゃんの言っていた通り、店は閉店した。例の売人が出入りしていた噂を嫌って、オーナーが売ることに決めたと聞いた。店長が、居抜きで買ってくれる次のオーナーが、従業員もそのまま雇ってくれるらしい、と言っていて、残ることにした人もいたようだけれど、僕はその話に胡散臭いものを感じて、すっぱり辞めることにした。まみちゃんの言う通りだ。ここでなくたって、音楽はできる。
そう決めたら、こんな家賃の高い都会に暮らす意味もないのだった。僕は要らないものを処分し、必要なものだけまとめて、当てのない旅に出ることにした。給料の未払いに備えて、なるべく節約して生活はしてきたけれど、貯金なんかほんの少ししかない。でも、日雇いの仕事なんかもして当面食いつなぎながら、どこに住んで何をしたいか、ゆっくり考えよう。
小さな充電式のアンプの、いい出物が中古品店にあったので、最後にもぎ取ってきたバイト代でそれを買った。
スマホで動画を撮影して、投稿してみよう。
どこかの誰かに届くかもしれない。
遠くの国にいるというつばさに聞こえるかもしれないし、つばさからメッセージが届くかもしれない。
山に帰ると言っていたまみちゃんも、ちゃっかりスマホを持ち帰っているかもしれない。そしたらまみちゃんにも聞こえるだろう。タヌキの肉球でうまく操作できるのかは知らない。スマホを見ようと思うたびに、あの奇抜なファッションの女子に変身するまみちゃんを想像すると、少し笑えた。
僕のファン、〇号と一号だ。思えば、まみちゃんもまるで妹みたいにかわいかった。彼女と出会った最初の日から、僕はどこかで、まみちゃんにつばさを重ねていた。
いつかどこかで、また、二人に会えたらいいと思う。
目の前でも、夢の中でも、電子空間の中だっていい。出会えば、どんな姿をしていても、僕らはきっとすぐに、お互いに気がつくだろう。