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5.三妃

明けましておめでとうございます。

本年のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

「なんか、お妃様っていうのも色々面倒くさそうね。今更だけど」

 本当に、今更な事ではある。

 ただ、聖女に関して言えば他の皇妃に比べて随分と楽なのではなかろうか。何しろ、皇帝の寵愛を競う気がまるでないのだから。

 ―今まで語る必要もありませんでしたが、この機会に聖女にも帝国の詳しい事情を教えておいた方がいいでしょうね。

 と、宰相は考える。

 彼女がこの世界に召喚されたのは、言ってみれば神の采配とも言うべき事象だったが、それを含めて先帝とその皇后にさんざん利用された。

 挙句の果てに、元の世界へ戻る術を自ら破棄する羽目になり、現在に至る。

 決して帰還の可能性がなくなった訳ではないが、どう考えても年単位で取り組まねばならないだろう。

 その間、聖女はこの世界で生きていくしかない。だからこその皇妃位なのだが。

 それは取りも直さず、帝国の政治と関わらねばならないという事になる。

 ―覚悟を決めていただきますよ、聖女様。

 

 宰相が決意を固めたところで、一行は三妃の宮に到着した。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」

 柔らかな笑みを浮かべて、三番目の皇妃は一同を出迎えた。

 傍らには先ほど別れた宮廷魔導士長。魔導士の定番ともいえる暗い色の衣装と三妃の淡い色合いの衣装が見事な対比となって、二人の美女を一層美々しく映す。

「三妃、会いたか―」

「お姫ぇーっ!」

 愛しい妻に近づこうとした皇帝の傍らを、すごい勢いで聖女がすり抜け、三妃に抱き着いた。

「聖女様、お久しぶりです」

「お姫、お姫、ああ、やっと会えた。結婚式以来近づかせてもくれないんだもん。あたし、淋しかったよ、本当に」

 三妃を結婚前の呼び名で呼んで、愛し気に顔を覗き込む聖女。

「まぁ、すみません。わたくしもお会いしたかったのですけど、貴女様は婚儀が済むまで表立って姿を現さないほうがいいと言われて」

「うん、同じこと散々あたしも言われた。転移もするなって。自力で来ようにも、不用意に宮の結界に触ると騒ぎになるからって止められるし。もう、どれだけ結界をぶち破っちゃおうと思ったことか」

 その台詞に皇帝も宰相もぞっとした。

 この女ならやりかねない。

 だが皇宮内に張り巡らされた結界は、防御と共に侵入者の探知を兼ねている。そんな事をしでかした日には、厳戒態勢だ。

「いけませんわ聖女様。皇宮内の結界は安全策の第一ですのよ。勝手に破壊などしたら、大騒ぎになります」

「そうかもしれないけどぉ。あ、お姫の結界ならそう簡単には壊せないから大丈夫っていうか…」

「あら、わたくしの結界を上回る力をお持ちなのは、世界広しといえど聖女様だけですのよ。どうかご自身のお力を鑑みて、無茶な事はおやめください。ここはもう戦場ではないのですから」

 聖女の頬をそっと撫でて、国内最強の結界使いでもある三妃は極上の微笑みを浮かべた。

 その様に、何故か皇帝が赤面する。

 ―なんでこんな気分にさせられるんだ。夫だぞ俺は。

 しかも、片方は一応とはいえ婚約者だ。

 「あー、聖女、三妃、もういいか。そろそろ話しに入りたいんだが」

 やり切れなさをごまかすように、抱き合う二人に声をかける。

 二人はそろって皇帝に視線を向け。

「もう、邪魔しないでよ」

「あら、そうですわね」

 真逆の態度をとった。

 皇帝は、はぁっと息をつき。

「聖女、説明を聞きたいと言ったのはお前だろう」

 と言うと、宰相も。

「そうです聖女、離れてください。少々長い話もしたいので、座って落ち着きましょう」

 と、のたまった。

「三妃様には一通りのご説明をいたしました。お茶の用意もしてあります。さぁ皆様、お部屋へどうぞ」

 魔術士長の〆で聖女はようやく三妃から離れ、真剣な顔になった。

「やれやれ、随分間が空いたけど、やっと当初の目的が果たせるのね」

「…大分お前のせいだがな」

 やれやれと肩を落とした皇帝に、三妃がそっと寄り添った。

「さ、参りましょう皇帝陛下。―お会いできてうれしゅうございますわ」

 途端に皇帝の機嫌は急上昇して、表情もぱあっと明るくなった。

「ああ、俺もだ」

 対して聖女の顔は不満気に歪む。

「ったく、あんまりべたべたしないでよね、あたしのお姫が減ったらどうしてくれんのよ」

「減るかっ!大体、お前のじゃなく、俺の妻だ」

「何よ偉そうに、妻は他にもいるでしょうが。お姫、こんな多妻男なんてさっさと捨てて、あたしと再婚しようよ。でもって、皇宮なんて出て、二人で諸国漫遊世直しの旅に出よう、そうしよう」

「まぁ、それは面白そうですわね」

 三妃がころころと笑う。

 皇帝はその様に、慌てに慌てた。

「こら待て、サラッととんでもない事を抜かすな。俺は絶対三妃と別れたりしないからな。大体何だ?、ショコッマンユーだの世直しだのは」

「平日午後4時再放送よっ!」

「わかるかそんなもん!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に一同は深い溜息をつき。

 ついに魔導士長の指先から細い光が走った。

「お二人とも、お戯れはそこまでになさってくださいませ」

「「…」」

 魔導士長の細い光に頭から足首までぐるぐる巻きにされた皇帝と聖女(皇妃予定)は、無言で頷いた。


 柔らかなソファセットに着席した4人の前に、湯気の立つお茶が差し出される。

 皇帝の隣に腰かけている三妃が、給仕を終えた侍女を下がらせて、部屋に音声遮断の結界を張った。

「知られて困るようなことではありませんが、念のため」

 魔導士長が、魔力を薄く全体に行き渡らせて、この部屋に隠された術式や存在を探る。

「怪しいものは無いようです」

 すると、聖女がおもむろに席を立った。

 今は使用していない壁の鉄製暖炉にすたすたと近づき、その暖炉に向かって思い切り拳をたたきつけた。

「!?」

 ガイン・グワワワ!と人の手では到底鳴らせない不気味な音が響く。

「これで良し。三妃、この暖炉、通風孔が外に行く前に誰かが聞き耳を立ててる部屋を通るみたいね」

「!つまり」

「お耳を澄ましてる誰かさんがいたってこと。あ、大丈夫よ。今頃床の上でおねんね中だろうから」

 音が伝わる通風管に聖力を通して、盗聴者にダメージを与えたらしい。

「どうして分かった?」

「金属は音を伝えるわ。魔力なんて必要ない、純粋に物理法則よ。まぁ、あたしの力の伝道率もいいから、管の周囲にたむろってる人間を探っただけ。ついでに今はもう何も伝えないようにしたけどね」

 と悪びれず口にする。

「それで冬は大丈夫か?火を入れたら爆発するなんてことはないだろうな」

「あるわけないでしょ、そんなこと」

 少し不安になったが、これ以上話をややこしくしたくなかったので、追及は避けた。

 魔導士長は冷静に外部と連絡を取り、三妃の宮で人事不省になっている者を探して拘束するように指示を飛ばした。

「では聖女、お座り下さい。ご質問についてお話いたします」

 宰相はこれ以上脱線したくないと、きっぱりした声を出した。

 聖女も今度こそ大人しく座る。皇帝の隣、三妃の反対側に。

 宰相はようやく説明を始めた。

「先程も申しましたが、皇帝の皇妃様方5人にはそれぞれ別の呼ばれ方がございます。特に決まったものではなく、帝国建国以来の傾向といいますか、何となく多い事例から言われ始めただけの、渾名です」

「つまり、必ずしもじゃないってこと?」

「その通りです。なにより皇妃様は5人と定員はありますが、絶対ではありません。長い帝国の歴史の中、皇帝陛下もこれまで大勢いらっしゃいました。時代と皇帝個人によってお妃さまの事情も変わってきたのです」

 ふうん、と聖女が相槌を打つ。

「帝国の国民、特に帝都に住むのであれば一定年齢以上の者は大抵知っている、云わば常識範囲内の事です。なのであまりお気になさらないようにお願いしたいと思っております」

「わかった。でもその辺は聞いてからよ」

 ほら、続き。と先を促す。

「即ち、権勢の一妃、支えの二妃、愛され三妃、―そして外れの四妃に魅惑の五妃。そのように、代々流布されております」

「はぁ?」

 宰相の言った妃達の呼び名を、しばらく聖女は吟味していた。

 そして。

「また随分な言われ方ね。四妃だけが随分と扱き下ろされてるような気がするんだけど、どういうことなのよ」

ようやくここまで来ました。説明はまだまだ続きます。

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