3.一妃
後で色々修正するかもしれない回です
「白ダルマ…」
行く手に現れたモノを見て、聖女はそうつぶやいた。
「?」
意味は分からないが、眼前に立つ人物のことだろう。
何故なら白いからだ。
「へぇぃかぁ、おあいしとぅぉございまぁしたぁ」
なんともいい難い独特な言葉遣いに、独創的な服装と化粧。
女性であることは分かるが、仮面を被っているわけでもないのに、体つきも顔立ちも判然としない。
何故なら。
「すごいフリルと白粉」
顔は真白に塗りたくられ、頭の天辺から爪先まで、全身ギャザーたっぷりの白いレースに盛られているからだ。
「一妃様…」
宰相が思わず彼の人を呼ぶ。
そう、目の前でわさわさしている白ダルマ、もとい女性こそが、皇帝に鳴り物入りで嫁いできた外国の王女。1番目の皇妃である。
「なぜ、こちらへ?先触れはなかったようですが」
口元が引きつっている皇帝に代わって、宰相がたずねた。
「なぁにをおっしゃぁってぇますのぉお、わぁたくしはぁへぇいかのぉきさきぃなんですぅからぁ、あいにきてぇとおぉぜぇんでぇすわぁぁぁ」
ダメだ。
何を言っているのかわからない。わかるような気がするが、正しいかどうかわからない。
「一妃―」
皇帝が声を絞り出す。
「ここは央宮殿だ、許可がなければ皇妃といえども入れない。なぜ、ここにいる」
「え?」
きょとんとした顔。言われた事がどういうことか分からないらしい。
「誰が貴女をここに入れた。俺―予は転移陣の使用許可も出していない」
「え、あの、わたくし、ここで待てば陛下がいらっしゃるからと言われて…」
思いがけず叱責されて慌てたらしい一妃の口調がまともになった。
どうやら先程までのしゃべり方は、わざわざ作っていたようだ。
「誰に言われたか知らんが」
皇宮内の規律を乱した者に対して厳しく当たるのは、皇帝として当然の事。どのような事情や理由があるかは分からないが、ここで甘い顔はできない。
「そなたは今、重大な過失を犯している。事によっては廃妃、投獄されてもおかしくないぞ」
「そ、そんな…」
一妃の顔が青白くなる。全身からがさがさと衣擦れの音がするのは、体の震えで膨れ上がったレースが立てている音だろう。
「第一、宰相も言ったが先触れもない。一体どういうつもり―っだっ!?」
突然背後からどつかれて、皇帝の威厳あるお言葉(?)が中断された。
「何をする、聖女?」
恐れ多くも皇帝陛下の尻を蹴りつけた聖女が、上げていた足をゆっくり下ろして、まったく悪びれることなく仁王立ちになった。
「何じゃないわよ。女の子を脅してどうするの、このヘタレ」
「―!?っ」
「ルール違反はいけないことでも、対処の仕方を間違えたらもっとまずいことになるでしょ。常習犯でもない限りどうしてこうなったかの方が今は肝心よ。この場合、この人―一妃様でしたっけ、一妃様がたった一人でここにいることの方が問題だと思うけど」
その通りだ。
彼女は第一の妃で、一国の王女だ。当然侍女や護衛が山ほどついているはずなのに、今それらは影も形も見当たらない。
「確かに…。そもそもご自分の宮からもほとんど出ないはずのお妃様が何故?」
宰相もようやくその疑問にたどり着いた。
「一妃、どうやってここへ来た?」
皇帝が先ほどより柔らかくたずねると、一妃は何とか震えを落ち着かせて答えた。
「にょ、女官長が魔導士の方と宮にいらして、皇帝陛下がお呼びだと。そのまま央宮殿にお泊りになれば良いからと言われて、食事と朝のお世話は央宮殿の侍女が行うから、転移は大勢はできないからと言われて、その、お会いするための身支度だけ整えて、わ、わたくし…」
皆の視線が交わされる。ピリッと走った緊張感は、共に戦場を駆けた者達ならではの無言の合図だ。
「よく分かりましたわ一妃様。大丈夫です、そういう事情でしたら、これ以上陛下があなた様を責めることなどありませんから」
にっこりと笑った魔導士長が一妃をなだめにかかる。
「そうですわよね、陛下」
ぼわぼわに膨れ上がった白ダルマ、ならぬ一妃をそっと抱きしめて、見かけは楚々とした美女である魔導士長が皇帝を威圧―ではなく、確認する。
「うむ、そうだな」
「では、後はわたくしにお任せください。一妃様を宮に送ってまいります。転移の許可を」
「良きに計らえ」
皇帝が手を上げると、中指に嵌められた指輪の石がぽわっと光った。
魔導士長はその光を受け取るような仕草で皇帝に近づき。
「三妃様の宮で。一妃に簡単な聞き取りをしましたら、説明を兼ねて先触れに参ります」
と、早口の小声で告げた。
「頼む。女官長は任せろ」
同様に、皇帝も抑えた声を出す。
聖女と宰相には頷きを一つ。
二人も同じく。それだけで全てが通じ合った。
「さ、一妃様。参りましょう」
魔導士長がぐすぐすと泣き出した一妃の肩を抱いて、転移の間へと去っていった。
それを見送る三人はしばらく動くこともなかったが、真っ先に聖女が振り返った。
「三妃の宮に行くの」
「…そうだな」
「あたしも行っていいんだよね、もちろん」
「あ、いや、妃同士の訪問はだな、一応許可が要るというか…」
すっと空気が冷えた。
「のけ者にする気?許可が要るっていうなら寄こしなさいよ。あ、でもあたしはまだ妃になってないんだった。じゃあ遠慮することないじゃない」
そう言って、聖力を練り始めた聖女にぎょっとした皇帝と宰相。
「こら待てっ!皇宮内で転移するなと言ったばかりだろうが。わかった、わかったから俺たちと一緒にいろ。すぐに行っていいわけじゃないんだ」
「えー、つまんない」
「そういう問題じゃない。それにな、多分これから一仕事待ってるぞ」
言いながら、長い廊下の向こうを睨み据える皇帝。宰相もまた緊張を高め、構えている。
「ああ、小物の女ギツネか」
聖女もまた、彼らと同じ相手を感じ取った。
「まあ、皇帝陛下。こちらにお戻りでしたの」
「ああ、今戻ったところだ。手間をかけさせたようですまんな、女官長」
普通の女官が着るお仕着せを何段か豪華にした衣装。
皇宮内でただ一人それを許された役職の女は、実に有能そうな雰囲気を纏って現れた。
「見ての通り宰相と聖女も一緒だ。少々確認したい事があったのでこちらに寄ったが、これからそろって三妃の宮に行く」
「まぁ、それは本当ですの」
意外だ、と態度で表した女官長。
「皇帝陛下だけでなく、宰相閣下や聖女様まで。一体何事でしょう、三妃様に何事かございましたので?」
「何もない」
きっぱりと皇帝は告げた。
「知っての通り聖女は三妃とは親しい仲だ。久しぶりに会いたいと言われてな」
「そうですの。ですが、聖女様はお住まいをなくされたのでしょう」
まだ皇宮内の一部しか知らないことを、スパッと口にした女官長。
皇帝の眉がひそめられるが、何も言わない。
「三妃様をお訪ねになった後、どちらにお戻りになられるおつもりですか?まさかそのままあちらの宮に居つくおつもりではないでしょうね?」
どこか面白そうに訊いてきたきた女官長に、聖女はにっこりと笑って見せた。
「あらぁ、それはいいわね。そこの夫と自称するヘタ…陛下が来ない時には、女子会で盛り上がれそう」
この世界に女子会なる言葉はない。
「それなら無理だぞ聖女。予が行かない日など無いからな」
しれっと寵愛宣言をかました皇帝に、ぎろりとにらみを寄こした聖女。
「随分と余裕じゃない。本当、むかつくわぁ」
色々途中ですいません。