「よろしくお願いします、おとうさん」
そんな思い出が頭の中を駆け巡り、ボーッとしていたら、
「よろしくお願いします、おとうさん」
と、幼女が改めて挨拶してくる。
深々とお辞儀する彼女を見ると、背中のランドセルが邪魔そうにも思えた。
そういえば、小学校からの帰り道というわけでもないだろうに、何故わざわざランドセルを背負って来たのだろう?
そんな疑問を込めた私の視線に、彼女は気づいたらしく、
「ああ、これですか?」
軽く首を後ろに向けながら、ランドセルを揺すってみせた。
「母に最後に買ってもらったのが、このランドセルなので……。これは母の忘れ形見なのです」
忘れ形見。
確かに、辞書的には「忘れないように残しておく形見」という意味もあるけれど……。
むしろ、もう一つの意味で使われる方が多い気がする。
そう思った私は、つい口に出してしまった。
「ランドセルよりも、むしろ君自身が、りっちゃんの忘れ形見だよ」
「……どういう意味でしょう?」
「いや、たいした意味はない。気にしないでくれ」
自分の言葉を打ち消しながら、私は奇妙な既視感を覚えていた。
同じ単語や言い回しを互いに違う意味で使ってしまうのは、律子との間にも頻繁にあったことだ。
ひょんなことから「ああ、律子を彷彿とさせる娘だ」と感じてしまう。
だから私は、幼女に向かって微笑んでみせた。
「とりあえず、部屋に上がってもらおうか。そして、君の知っているりっちゃんについて、色々と聞かせてくれないかな?」
根が自己中心的な私にしてみれば、ずいぶんと珍しい態度だろう。
とっくの昔に別れた女の子供なのだ。警察なり役所なりに突き出して、孤児院にでも送り込むのが、本来の私の対応のはずなのだが……。
私と別れた後の律子が、どう生きて、どう死んだのか。その忘れ形見を通して、今さらではあるが彼女と向き直ってみよう、と私は思うのだった。
(「赤いランドセルと彼女」完)