交渉に備えて異世界で手土産の肉を貯めます
アルマルディーヌ王国内の獣人族奴隷解放に向けて、いよいよ具体的に行動を始めたが、首輪の付け替え作業の他にも、進めておかなければならない事がある。
それは、解放した奴隷達の受け入れ先だ。
クラスメイト達を救出した時のように、数十人を受け入れるのではない。
一度に、5万人もの人間が移動して来るのだ。
いずれサンカラーン全体で移住の受け入れをするとしても、まずは解放した直後に転送する場所が必要だ。
転送する場所は、チャベレス鉱山から近ければ近い方が良い。
そこで、サンカラーンで一番西側に位置している里のいくつかと、受け入れのための交渉を行うために、俺と樫村はダンムールの里長ハシームに助力を求めた。
「ほほぅ、既に首輪の付け替えを始めているのか」
「あぁ、この通り、無効化した首輪なら何時でも簡単に外せるし、あいつらの言いなりにされずに済む」
樫村が無効化した首輪を見せて作戦を説明すると、ハシームは何度も頷いていた。
「全員を首輪の呪縛から解放して、それから一気に鉱山を制圧。そして、ヒョウマの空間転移魔法で移動。その移動先として、なるべく近い場所が良いという訳か」
「その通りだ。それで、まずマーゴとノバハ、この二つの里と交渉をするつもりなんだが、同行してもらえないか?」
「イッテツも行くつもりか?」
「勿論そのつもりだが……駄目なのか?」
「止めておいた方が良いだろうな」
ハシームの話では、サンカラーンの中でも西に位置する里は、これまで何度もアルマルディーヌ王国と戦火を交えてきた歴史がある。
そのため、西の里ほど人族に対する憎しみが強いらしい。
オミネスとは交易を行っているが、サンカラーンに足を踏み入れるオミネスの民は獣人族ばかりだ。
オミネスは人族と獣人族が一緒に暮らす国だが、サンカラーンとの交易は獣人族が行い、アルマルディーヌ王国との交易は人族が行うといったように割り切った関係を続けている。
アルマルディーヌ王国の中にも、サンカラーンの里を覗いてみたいと考える変わり者がいるらしいが、好奇心を満たすために近付くと、容赦無く殺されるようだ。
例え、危害を加えるつもりはないと、武器を持たずに訪れても、結果は同じらしい。
「じゃあ、人族の姿で西にある里を訪ねたら……」
「問答無用で攻撃されるだろうな」
俺と樫村は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべるしかなかった。
マスクを使ったコスプレ作戦が頭に浮かんだが、鉱山の連中にも一発で見破られたのだから、マーゴやノバハの連中にバレないはずがないだろう。
奴隷のリーダー、ドードとの交渉が上手くいったから、今度も大丈夫だろうと思っていたが、まともに話も出来ないのでは交渉どころではない。
「仕方がない。交渉は麻田に任せる」
「仲間を受け入れるのだから、駄目とは言われないだろう。とにかく、一度行って話をしてみるよ」
「ヒョウマ、奴らの王国への憎しみ、人族への恨みは、出会ったばかりの頃のラフィーアの比ではないからな。それを否定するだけでも交渉は決裂すると思え」
「俺達は、鉱山を制圧する時、アルマルディーヌの兵士達をなるべく殺さないように考えているのだが……」
「その話は、聞かれないかぎり、しない方が良いだろうな」
「次に繁殖場の解放を行うための布石だと言っても駄目か?」
「難しいな。西の連中の頭の中は、アルマルディーヌの兵士どころか人族を見かけたら、殺すという単純な考えしかないはずだ」
仲間を受け入れてもらう交渉だから、さして難しくないという考えは捨てた方が良さそうだ。
気を引き締めて、ハシームに西側の里の者達についてレクチャーしてもらった。
「まず、西の連中は儂らから見ると、自尊心が異常に強い。理由は、自分達こそがアルマルディーヌとの戦いにおいて、常に最前線に立ってきた強者だと思っているからだ」
「実際、ベルトナールが現れる以前は、常に西の里が最前線だったんだよな?」
「そうだ、実際に最も戦い、最も殺し、最も被害を受け、最も奪い、最も奪われて来た者達だ。それ故に、誇りを傷つけるような言動は謹んでくれ」
「分かった、相手の意見を尊重すれば良いんだな?」
「出来る限り……だな」
「と言うと、無理難題を吹っ掛けられたりするのか?」
「ヒョウマ。もう忘れたのか?」
「あっ、そうか、鉱山を占拠した時の兵士たちの扱いか。当然、殺せって言われるんだろうな」
クラスメイトを閉じ込めていた宿舎の見張りを殺した、ケルゾークを襲撃した兵士を殺した、ベルトナールを殺した。
もう何人、何百人もの命を奪っているのに、それでも出来れば殺したくないと思う俺は、どこまでいっても偽善者なんだろう。
「西の連中は、ただ殺すだけでなく惨たらしく殺せと言うだろうな」
「ちょっと待ってくれ。惨たらしくって……」
「人としての尊厳を踏みにじるような、できるだけ苦しむような殺し方だ。例えば……」
ハシームが話してくれたのは、ホラー映画の猟奇殺人鬼が行うような方法で、実際に目にしたら間違いなく悪夢にうなされるような殺し方だ。
「本当に、そんな方法で殺しているのか?」
「実際に目にした訳ではないが、西の連中にとっては当たり前らしい」
「無理だ……そんな殺し方は俺には無理だ。偽善者だと言われても、そんな殺し方は出来ない」
「当然だ。儂だって、そんな真似は出来ん。儂だけではないぞ、たぶんダンムールやシレウニア、ケルゾークの者には無理だろうな」
サンカラーンでも東に位置する里の者は、アルマルディーヌ王国に憎しみを抱いていても、捕虜となった兵士を惨殺する程に憎悪している訳ではないらしい。
単純に交戦する機会の差なのだろうが、先日襲われたケルゾークでは憎しみが増しているかもしれない。
「惨たらしい方法で殺せと言われたら、どう答えるんだ?」
「提案は聞いておくが、どうするかは現場次第だ……って答えるんだな」
「それで納得するのか?」
「納得が出来ないなら、納得のいくように自分達でやってもらえ。ただし、現場までは自分達で来てくれって言ってやれ」
「あぁ、なるほど……」
西の里の者達がいくら喚いても、チャベレス鉱山まで攻め込むのは難しいだろう。
来られないなら、俺達のやりたいようにやるだけだ。
「てか、それって揉めないか?」
「ヒョウマ。お前が頼みに行く事は、お前らだけの為にやる訳ではないだろう? 全ては虐げられている獣人族のためだ。ならば、全て言いなりになるのではなく、自分達の主張もぶつけろ。その上で、協力が得られないなら、別の方法を探せば良いだけだ」
「相手の誇りは尊重するが、自分達の信念も簡単に曲げるな……ってことだな?」
「そうだ。人族だからといって無差別に惨殺するなど、我々には受け入れられないが、西の連中は信念に基づいて行っている。それを断るのであれば、こちらも揺るぎない信念を持っていなければならない。ヒョウマ、お前の信念はなんだ?」
ハシムに問われ、改めて自分の進むべき道を考えてみた。
勿論、無差別の惨殺などもっての他だが、相手が殺す気で攻撃してくるならば、命を奪うような反撃も辞さないつもりだが、一般の市民にまで危害を加えたいとは思わない。
「甘いと思われるかもしれないが、俺は争いの無い世界を目指したい。勿論、俺はこっちの世界に来たばかりだし、全ての事情を把握している訳ではないが、争いごとに力の弱い者が巻き込まれて傷付くのは見たくない」
「そうか、ならば、そこへと至る道筋を己の信念として固めておけ」
西の里に向かう前に、一晩時間を貰い、樫村と対策を練ることにした。
「さて、どうするよ樫村」
「どうするも何も、方針を変える気は無いぞ。チャベレス鉱山は、いわゆる無血での解放を目指す」
「それでは協力出来ないと言われたら?」
「協力してくれる別の里を探す。西側から虱潰しに頼んで回れば、いずれ協力してくれる里が見つかるだろう」
「交換条件を提示するのは、どうだ?」
「交換条件?」
「例えば、そうだな……王国から奪った武器とか物資を横流しするとか」
「悪くないな。西の里の生活レベル次第だが、ダンムールよりは厳しいんじゃないか?」
「生活が困窮していれば、穀物の類は交渉の材料になるかもしれないな」
武器や穀物などは、王国から奪ってきたものを横流しするだけだから、俺達の懐は痛まない。
解放した人達を一時的でも受け入れてもらうならば、食料の確保も必要だろう。
チャベレス鉱山に備蓄してある食料は、根こそぎ奪って来るつもりだから、そちらからも提供できるはずだ。
「なぁ、樫村。手土産的なものは持って行った方が良いのか?」
「どうだろうな。というか、麻田はアイテムボックスが使えるんだから、念のために用意しておけば良いんじゃないのか?」
「そうか。じゃあ、何か考えるか?」
「手土産だったら、肉が良いんじゃないか? みんな肉好きだろう?」
「あぁ、確かに……何か仕留めてくるか」
アイテムボックスに放り込んでおけば、腐る心配は要らない。
多めに獲って来ておいても、保管しておけば良いのだ。
「ハッタリというか、押しが利きそうな獲物にすれば良いんじゃないか?」
「よし、ちょっと行ってくる」
「麻田、俺達の分も獲ってきても良いんだぞ」
「分かった、分かった、その代わり自分達で捌けよ」
「おぉ、そいつはハードル高いな」
西の里に持って行く手土産用兼、腹ぺこクラスメイト用に、獲物を探して東の森に入った。
そう言えば、そろそろアン達に食べさせる餌も心許なくなっているから、ついでに補充しておこう。
クラスメイト達には、ガゼルっぽいのとトナカイっぽいのを数頭ずつ捕まえた。
石化のスキルで固めてしまうだけだから、狩りなんて呼べるものではなく作業だ。
あとで石化を解けば、元の状態に戻るし、アイテムボックスに入れておくから鮮度は落ちない。
西の里用には、ガゼルっぽいのを狙っていた恐竜っぽいのを仕留めた。
まんまティラノサウルスという感じの、見るからに狂暴そうな顔つきをしている。
体高が軽く3メートルを越えている奴からすれば、竜人の姿であっても180センチ程度の俺は雑魚に見えたのだろう、警戒もせずに噛み付いて来た。
2リットルのペットボトルぐらいの大きさの牙がズラリと並んだ口を大きく広げ、俺を丸呑みにしようと迫って来た恐竜の鼻面に左フックを叩きこんだ。
迫って来ていた牙は、壁にでもぶつかったように跳ね返るが、思いっきり唾液を浴びせられてしまった。
「くっせぇぇぇ……さすが肉食って感じだな」
一撃を食らった恐竜は、何が起こったのか理解出来ないようで、鼻面を押さえて頭を振っている。
竜人の力を試す意図も兼ねて、大木みたいな左足にミドルキックをお見舞いしてやった。
「ギャゥゥゥゥゥ!」
恐竜は、悲鳴を上げて横倒しになった、
足に伝わってきた感触からして、膝下で足の骨を砕いたはずだ。
苦し紛れに放ってきた尻尾の一撃を腕で受け流し、回り込んで手刀で首筋を斬り裂いて止めを刺した。
やはり、恐竜みたいな見た目の生物とドラゴンではレベルが違うのだろう。
赤竜から奪った力は、5~10パーセント程度なのに、全く負ける気がしない。
西の里の連中が、拳で話をしたいなら、受けて差し上げるのも悪くなさそうだ。
肉食の獣はクセが強いと聞くので、草食竜っぽいのも仕留めておいた。
トリケラトプスの5本角版という感じで、大型トラック程の体格をしていた。
頭を下げて猛然と突っ込んで来たので、真正面から受け止めてみた。
足が地面にめり込んだけど、撥ね飛ばされずに受け止められた。
マジで竜人の身体はスペックが高すぎる。
まぁ、飛翔とか物理法則無視のスキル持ちだし、考えるだけ無駄だろう。
自分の突進が受け止めたことを信じられないといった表情の草食竜を、角を掴んで首を捻って圧し折った。
こいつも貢物としては、なかなか押しが効いて良さそうだ。