平兵士アーサーは過去を悔いる
アルマルディーヌ王国ベルトナール第二王子の警護と聞いて、私は胸を躍らせた。
ベルトナール様は、優れた魔法使いを輩出する王族にあっても至宝と称されていらっしゃる御方だ。
千里眼と空間転移、二つの高レベルスキルは、獣人どもとの戦いで無類の威力を発揮なさった。
敵が近付く前に捕捉し、敵の最も嫌がる場所に兵を送り込む。
肉体強化以外のスキルが使えない獣人たちからは、防ぐことの敵わぬ相手として恐れられている。
ただ、近接戦闘となった場合、我々騎兵隊でも犠牲を出すことは避けられない。
攻撃魔法を主体とした中距離から遠距離の戦いにおいては圧倒出来ても、距離を詰められて乱戦となった場合には、獣人たちの膂力は恐るべき威力を発揮する。
全体を見れば、我々人族が優位に戦いを運んでいるが、兵士の消耗度は決して少なくないのだ。
それ故に、ベルトナール王子は王城の宝物庫に仕舞いこまれていた召喚の魔道具を使い、手持ちの戦力の補充を考えられたそうだ。
異世界からの召喚は、不測の事態を招きかねないと、騎兵隊の総隊長はベルトナール王子を諌めたそうだが、王子の決意は揺らがなかったそうだ。
ベルトナール王子は万が一の事態に備えて、千里眼の視界が及ぶ最も離れた場所で召喚を行うように準備を進められた。
召喚を行う場所までは、王子の空間転移魔法で移動。
帰還も万が一の事態が起こった時の避難も、全て王子の魔法が頼りだ。
それならば、騎兵隊の護衛など必要ないと思われるかもしれないが、さすがのベルトナール王子でも、それほどまでの長距離転移を連続して行うことは出来ない。
召喚場所までベルトナール王子の転移魔法で移動し、王子の回復を待って召喚を行う必要がある。
ベルトナール王子が回復されるまでの護衛こそが、我々騎兵隊に与えられた使命だ。
だが、王国の至宝ベルトナール王子の護衛だというのに、集められた兵士は若手中心だった。
「隊長、どうして主力の皆さんじゃなくて、俺達若手なんですか」
「ベルトナール王子の御命令だ。今回の召喚はそれだけ危険を伴う、王子お一人であれば退避は可能だが、最悪の場合には護衛の兵士全員が犠牲になることもあり得る。だから、今回の人選は命令ではない。この中から希望する者だけを参加させる。辞退しても、その後の待遇に差別をするなという御命令だ」
「辞退なんて、する訳ありません! 我々の命を賭けて、必ずや召喚を成功させてみせます!」
ベルトナール王子の護衛として選ばれた若手兵士は、私を含めて誰一人辞退することは無かった。
人選が正式に決定した後に、我々は召喚作戦の全容を聞かされたのだが、地図に示された召喚を行う場所を見て、誰しもが度肝を抜かれた。
召喚場所は遠方だとは聞いていたが、王国の東、獣人どもが支配する森の更に奥、人跡未踏と思われる草地だった。
人の足で歩けば、優に二十日以上掛かる距離だ。
「これほどまでに遠くとは……」
「だが、ここならば不測の事態が起きようとも、王国に危害が及ぶ心配は無いぞ」
「その代わり、この場所に残された場合、生きては戻れんぞ」
「そんな事は、最初から覚悟の上だろう。我々は召喚が上手くいくために全力を尽くすのみだ」
召喚場所を知らされた後も、我々の士気は落ちるどころか高まる一方だった。
そして、召喚が行われる当日、我々の前でベルトナール王子は自ら訓示を述べられた。
「これから行う召喚では、何も知らぬ異世界の者達を我等の都合で呼び出すものだ。元の世界に戻す方法は無い。当然、その者達が自発的に我等に協力するとは考えられぬ。故にだ……我等は、その者達を戦闘奴隷として扱う。隷属の魔道具を嵌め、決して我々に逆らえぬようにして、獣人共との戦いの礎として利用する。中には女や子供も含まれているかも知れぬが、決して容赦はするな。全ては、アルマルディーヌ王国のため、国民の繁栄のためだ!」
「おぉぉぉぉぉ! アルマルディーヌ王国に栄光あれ!」
私達若手兵士は、かつて味わったことのない使命感と高揚感に包まれながら、未開の草地へと空間転移した。
ベルトナール王子を中心として整列し、隊長が整列完了の報告を行った直後、目の前の景色が一変した。
兵士の中には初めて空間転移を経験した者もいて、呆然と立ち尽くす者もいた。
「貴様ら、いつまで呆けているつもりだ! 王子を中心にして防御陣形! 不審な動きがあれば直ちに伝えろ!」
「はっ!」
私達は、ベルトナール王子に背を向ける形で円陣を組み、周囲の警戒を始めた。
陣形を組む間のほんの一瞬だったが、私の目に映った王子は酷く憔悴しているように見えた。
国のために、国民のために、これほどまでに力を尽くして下さる王族を、私は見たことがないし、聞いたこともない。
私だけでなく、陣形を組んだ全員が同じ思いを抱いていたはずだ。
ベルトナール王子の回復を待って行われた召喚は、無事に終了した。
召喚されたのは、30人ほどの少年少女だった。
中には反抗的な態度を取るものもいたが、我々から見れば貧相な子供に過ぎず、少し威圧するだけで大人しくなった。
だが、この後に行われた能力鑑定で、我々は認識を改めさせられた。
殆どの者が、複数のスキルを所有し、高いレベルの魔法スキルまで持っていた。
中には、レベル5の火属性魔法を所持している者さえいた。
王国の同じ年頃の子供ならば、持っていてもレベル2まで、レベル3の魔法適性を持つ者は天才に分類されるほんの一握りの者だけだ。
この者達を戦闘奴隷として鍛え上げれば、怖ろしいほどの戦力になるだろう。
そんな中、一番最後に能力鑑定を受けた少年は、変わったスキルの持ち主だった。
『ゆるパク』などと言うスキルは、誰も聞いたことが無い。
だが、スキルの内容に関する隊長の問いに対し、少年は強奪系のスキルであると答えた。
相手のスキルを奪い弱体化させる強奪系のスキルは、非常に強力なスキルではあるが、発現する事の少ない貴重なスキルでもある。
実際、30人以上の召喚者の中で、強奪系のスキルを持っていたのは彼だけだ。
ベルトナール王子も興味を示し、直ちにスキルを使ってみせるように命じた。
問題は、スキルを奪う対象に選ばれたのが私だったことだ。
水属性魔法も、剣術スキルも、あと一息でレベルアップ出来るところまで来ているはずだし、それを奪われるのは兵士としての死を意味する。
「ふむ、平凡だな……まぁ、良い。早くその少年にスキルを使わせろ」
私の能力鑑定結果を見たベルトナール王子の何気ない一言は、氷の刃となって私の心に突き刺さった。
確かに平凡だし、このスキルを国のために捧げる覚悟もあった。
少しでも国の役に立てるように鍛え続けてきた。
だからこそ、ベルトナール王子には、平凡ではあるが私のスキルを認めて欲しかった。
その時だ。隊長に槍を向けられて急かされた少年が意外なこと口走った。
私が、スキルを失うことを気遣ったのだ。
初対面の、しかも全く別の世界へと拉致した者達の一員である私を気遣ったのだ。
だが、隊長はこの場への置き去りを示唆し、強奪スキルの発動を少年に迫った。
私は、私のスキルを認めてくれた少年が、置き去りにされぬように、頷いてみせた。
「いきます、ゆるパク!」
少し甲高い少年の声に、私は兵士から騎士へと昇格する夢を諦めた。
正式に騎士となれば、貴族としての身分が手に入るが、今全てのスキルを失えば、その夢さえも失うことになる。
だが、結論から言うと、少年はスキルの強奪に失敗した。
私は、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、同じ召喚者からも嘲笑を受ける少年に同情した。
スキルの強奪に失敗した少年には、この場への置き去りが命じられた。
城への帰還準備を始める私達の横で、少年はどうして良いのか分からないようだった。
その瞳には、混乱、恐怖、そして救済を求める思いが浮かんでいた。
「アーサー、あの役立たずが空間転移の範囲に入らないよう、突き飛ばして来い」
「そんな、隊長……」
「勘違いするな、転移の瞬間に身体が範囲を跨いでいたら、真っ二つになっちまうんだぞ。そうなったらノーチャンスだ。ほんの僅かな確率でも生きる可能性を残してやれ」
「分かりました」
私は、歩み寄って来る少年に槍を突きつけた。
「悪く思うな。生き残りたければ、死に物狂いで西を目指せ……」
少年を突き飛ばし転移範囲内に駆け戻ると、隊長の報告が行われ、次の瞬間には城の演習場に立っていた。
「アーサー、ぼーっとしてるな。すぐ召喚者たちの仕分けを行うぞ」
「あっ、はい、了解です!」
隊長に返事をしながらも、私の脳裏には縋るような少年の顔が浮かんでいた。
きっと、一生忘れることはないだろう。