エピローグ
夏も終わり、三年生は就職や大学受験に向けて最後の追い込みに入る。 ゆかり先輩達生徒会役員もその任期終了を迎え、我が陵州高校は間もなく次期生徒会役員選挙に入ろうとしていた。
ゆかり先輩、二期に渡ってご苦労様でした! 次の生徒会長は今期副会長を務めた小柳だろう。 ゆかり先輩がとんでもないカリスマだったからプレッシャーも相当なものだと思うが、まあ頑張れ。
事故後、俺は順調に回復して一か月ほどで退院できた。 医者からは『あり得ない』と驚かれてヒヤヒヤしたが、検査結果が良好ということで納得せざるを得なかったようだ。
久々に教室に入った俺はクラスの皆に散々いじられ、近江会長を救ったヒーローだの、不死身の男だの…… 挙句には死に損なったヤバい奴とまで。 これも笑い話に出来るからまぁいいのだ。
「てええぇい! 」
パシュン!
市民道場での週二回の特訓には、今は絵里も一緒についてくるようになった。 コイツもまた、跳ぶことに慣れたいと一生懸命なのだ。 が、元々乗り物にも弱い絵里はやはりテレポート酔いが酷くて、今もレジ袋を片手に道場の隅でうずくまっている。
「絵里! 無理しないでやめよう! 」
「うっさい! 慣れればどうってことないわよこんなの! 」
いつかは俺と一緒に跳びたいだなんて可愛い事を言ってくれるが……
「よそ見なんてナメてくれるね、春君! 」
「うわっ!? 」
パシュン!
美紀は県大会が近いせいか気合が入りまくっている。 あの時ボクサー崩れのタトゥータンクトップにいいだけやられたのが悔しいらしい。
「ちょっ! 休憩休憩! 」
「まだまだぁ! 」
小さい頃に心臓発作で倒れたとは思えないほど、コイツは元気いっぱいだ。
もう跳べませんというくらいまでやられてやっと休憩。 というか、最後の上段回し蹴りをテレポートで避けた後の記憶がない。
「そういえば本條先輩、相変わらず地下に籠ってるの? 」
「ん? いや、最近はちゃんと飯は食べてるぞ 」
恵先輩は陵州祭の時、放送室占拠とハサミを振り回したことで二週間の停学処分となってしまった。 その後一カ月は通学したのだが、何を思ったのか一週間前に突如自主退学したのだ。 あの日親父の助手になると宣言した通り、トランクケース二つで俺の家に転がり込んできたのだった。
「むうぅ! 何も住み込みだなんて聞いてないし! 追い返せば良かったじゃん! 」
「そんなわけにいくかよ。 住んでたアパートも引き払ったっていうし、その分を母親の治療費に回したいんだと 」
こっちにしてみれば彼女の勝手な都合だが、彼女の貯金も残りわずかなのだとか。 高校卒業までの授業料も怪しかったと彼女は言っていた。
「だってあんた、今一人暮らしでしょ? 大丈夫なの? 」
「何が? 」
「その…… 襲われる…… とか 」
そう、親父と美織は今身を隠すために逃亡生活を送っている。 坂下唯が『瞬間移動した』と証言したせいで、事故後再びスーツの男達が姿を現すようになったのだ。 俺はなんとかその目をごまかせたのだが、美織がうっかりバイト先で跳んでしまったのをスーツ男に見られてしまったのだった。
美織は泣きながら家を出ると言ったが、彼女をまた一人にさせるわけにはいかない。 親父は彼女に付き添い、しばらくは全国を転々として事が収まるのを待つそうだ。 恵先輩が地下に籠っていたのも、俺の体調管理の薬を親父のマニュアルに則って作成する為だ。
「美織さん、元気かなぁ…… 」
「二日に一回は連絡来るから大丈夫だ。 お前が心配してたって伝えておくよ 」
美紀はにっこりと微笑む。 絵里もなんだか釈然としない表情ではあるものの、美織が心配だったらしい。 素直に『心配だ』と言えばいいものを、恋敵と思ってるんだろうか…… お前らというと絵里がまた愚痴り出すので止めておく。
「ん? 春翔、電話なってるよ! 」
絵里からスマホを受け取って画面を見ると、ゆかり先輩からだった。
「はい? 」
ー あの…… お稽古中だとは思っていたんですが、どうしても我慢できなくて…… ー
「いえ、もうそろそろ帰ろうかと思ってたところです 」
俺の言葉に美紀と絵里がムサい顔をする。 今日はこれ以上付き合わされてたまるか! 絵里だって酔いが酷くて真っ青じゃないか!
ー ちょうどよかった…… あの…… 助けてもらえませんか? ー
なんだって!? まさかまた誘拐!
「すぐ行きます! いまどこですか!? 」
ー いえ、その…… 笑わないで下さいね? ー
えっ? 笑う?
ー 自宅マンションの屋上に出たはいいんですが、どうやら立ち入り禁止中だったらしく、ドアが開かなくなってしまいまして…… 管理会社に連絡はしたんですが時間が掛かると…… ー
「…… はい 」
なんだ? 声だけでもなんだかモジモジしているように感じる。
ー その…… おトイレに…… うぅ…… もう限界なんです! ー
は? いや、さらわれたとかじゃなくて良かったのだが!
ー あっ! はぅ! ー
艶めかしい声に聞き入ってる場合じゃない! これは一大事だ!
「美紀、絵里! あと頼む! 」
俺は鞄を二人に任せて道場を飛び出す。 二人が何やら騒いでいるようだが、事情を話せば彼女に恥をかかせてしまう。
「よし! 」
道場を回り込んで木陰に飛び込み、誰もいない事を確認する。
パシュン!
夕暮れの空高く、俺は彼女のマンションに向けて跳んだのだった。
いつまで跳べるだろうか
いつまで一緒にいられるだろうか
先の事なんてわからないが、俺は出来る限りみんなと一緒にいると決めた。
このチカラは、みんなの力になれると信じたのだから。 みんながそう信じさせてくれたのだから。
チカラは全ての人間に宿っている。 それがどんな形なのだとしても…… だから俺はこのチカラと共に生きるのだ。 ひっそりとだけど!




