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85話 チカラ

 美紀の手をギュッと握る近江の手は小刻みに震えていた。 が、その足取りは力強く、迷いを感じない。


「恵さんにチカラを貸してもらいます。 きっと彼女ならうまくやってくれるはず 」


「本條先輩? 」


 彼女は美紀の問いには答えない。 今彼女の頭は如何にして春翔の助けになれるかフル回転だった。


「ミキちゃん、あなたの勇気を……チカラを分けてください 」


 歩きながらより強く握られた手を彼は微笑んで握り返す。 ロビーを突き抜け、病院の正面玄関口に出たところで彼女はスマホを構えた。


「近江です。 緊急でお願いしたいことがありまして。 はい、実は…… 」


 手は震えているが、彼女の声ははっきりとしたいつもの口調。 美紀は手を握ったまま近江の斜め向かいに立ち、視界には入るが邪魔をしないよう配慮するのだった。




「そう。 それで貴女は大丈夫なの? ……そう。 それで私には何が出来るのかしら? 」


 通話を切らずに恵は踵を返して生徒会室を出る。 向かった先は放送室…… 本條はノックもせずに放送室のドアを勢い良く開けた。


「失礼するわ 」


 開祭間もなくの放送室は正に火の車で、突然の本條の登場に慌てふためく。


「関係者以外立ち入り禁…… ちょっ!? 」


 彼女はポケットからハサミを取り出して振り上げる。 びっくりした放送部員達は悲鳴を上げて逃げ回り、彼女はドアに追い立てて彼らを閉め出したのだ。 すかさず内側から鍵を掛ける。


「ちょっ!! 開けなさいよ! 」


 バンと突然閉められたドアにマイクテストの途中だった放送部員達は茫然とするばかり。 ドンドンとドアを叩く彼らを余所に、彼女は全校放送のスイッチをおして自分のスマホをスピーカーモードに切り替えた。


「放送室は占拠したわ。 始めていいわよ 」


 ー ありがとう、恵さん ー


 その声はスピーカーを通して全校に流れる。


 ー 生徒会長の近江ゆかりです。 先生方、私事で全校放送を使用することをお許しください ー


 賑やかだった校舎内や校庭が一斉に静まった。


 ー ご存知の方もいるとは思いますが、先ほど私は交通事故に遇いました。 私は幸い軽傷ですが…… ー


 近江が涙を堪えて言葉に詰まる。 ギュッと握り返す美紀に、彼女はひとつ頷いて言葉を続けた。


 ー 私を庇ってくれた飛島君が今も前橋総合病院の手術室にいます。 出血がひどく、輸血も不足していて危険な状態だそうです。 追加の輸血パックも急遽取り寄せていますが、時間がかかると聞きました ー


「飛島が? 」


「飛島って誰? 」


 ざわざわと校内が騒がしくなっていく。


「彼はA型だそうです。 お願いです、少しだけ…… ほんの少しだけみなさんの血をわけてもらえないでしょうか 」


 ぐすっと鼻をすする音がスピーカーから漏れた。


「私は彼を救いたい。 勝手なお願いであることは重々承知の上です。 お願い…… 助けてください! みなさんのチカラを貸してください! 」


 やがて生徒達がザワザワと騒ぎ始めた。 他の生徒達を押し退け、真っ先に校庭を飛び出して行ったのは蘇我だった。 その後を近江ファンの面々が次々と校門を飛び出して行く。 それにつられてまた数人、その数人に釣られてまた数人と校庭を出ていった。 中には両腕を抱えられてイヤイヤ連れて行かれる男子生徒もいる。


「聞こえるかしら? 」


 本條は放送室の窓を開けてスピーカーモードのままスマホを外に向ける。 校庭には『会長ー!!』や『頑張れー!』といった大歓声が飛び交っていた。 どさくさに紛れて『好きだー!』と叫んでいた者もいる。


「はい…… 」


 スピーカー越しに近江が鼻を啜る音が聞こえた。


「そっちに向かったのはざっと50人くらいかしら…… あなたの人気も大したものね。 ハルト君によろしく伝えておいて 」


 ー 恵さんにも来ていただけると心強いんですけど ー


「私はAB型よ? 行ったところで邪魔になるだけよ。 そうね…… 彼に伝言を頼まれてくれるかしら? 」


 ー はい! ー


「ここで逝ったら必ずあなたの後を追うから 」


 ー …… 承りました。 絶対春翔君は行かせませんけど ー



 本條はフフッと微笑んで近江と通話を切る。


「さて…… 」


 本條は改めて全校放送のスイッチを押した。


 ー これより、市立陵州高校学園祭『第78回陵州祭』の開催を宣言します! ー


  わああぁ!


 校舎には生徒達の活気溢れる歓声が響いたのだった。

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