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84話 彼女を庇って

 ドン


 春翔と近江は急加速した黒のワンボックスカーにはねられ、ゴロゴロと地面を十数メートルを転がってやっと止まった。


 衝突した黒のワンボックスカーは前面が潰れ、ヘッドライトは割れて破片が飛び散り、ひしゃげたボンネットの隙間から煙が立ち上っていた。


 人身事故に道路は渋滞し、野次馬が輪を作る。 その真ん中で春翔は近江を強く抱きしめたままアスファルトに横たわっていた。


「う…… ん…… 」


 先に気が付いたのは近江だった。 腕や膝を擦りむいて血を流してはいたが、春翔がクッションになったおかげで大きな怪我はしていない。


「春…… 翔君…… 」


 近江がよびかけるも、春翔はしっかりと近江を抱いたまま反応がない。 視界の端に見える潰れた車と手足の痛み、鼻をつく鉄が錆びたような匂いに、近江は車にはねられた事を悟った。


「春翔君、大丈夫ですか? 」


 力を緩めない春翔に近江は胸に抱かれたまま彼の胸を優しく叩く。 それでも彼はピクリともせず、彼女は本来聞こえるべき音がない事に違和感を覚えて顔をしかめた。


「春翔君? 」


「春君! 会長! 」


 タトゥータンクトップをKOした美紀が真っ青な顔で駆け寄った。 二人の側にしゃがみ込んだ瞬間、近江が春翔に抱かれたまま叫ぶ。


「救急車を呼んで下さい! 早く! 」


 声が裏返るほどの悲痛な叫びに美紀は慌ててスマホを取り出す。


「春翔君! 春翔君!! 」


 近江は何度も彼の名を叫び、まだ力を抜かない腕を強引に振りほどいて彼の状況を確認する。


 彼は頭と首から血を流し、目を閉じたまま腕が宙を掻く。


「春翔君! 私はここにいます! ですから目を開けて下さい! 」


 必死に呼び掛ける彼女の声に、フワッと彼の表情が緩んだその時。 彼の腕がパタリとアスファルトに落ちたのだった。


「春…… 」


 近江は呆然と春翔を見つめる。 目を見開いてこの世の終わりのような表情の近江に美紀は怒鳴った。


「どいて会長! 」


 彼女を突き飛ばして口元と胸に耳を当てる。 息もなく心音も聞こえないことを確認すると、彼はすかさず心臓マッサージを始めた。


「戻ってきなよ春君! 」


 何度も胸をポンピングし、気道に息を吹き込む。 やがて聞こえてきた救急車とパトカーのサイレンの音。 救急隊員が駆け付けて蘇生を美紀から引き継ぐ様子を、近江はアスファルトに座り込んで見ていることしか出来なかった


 


 前橋総合病院の手術室の前に、近江と美紀は座り込んで春翔の帰還を待っていた。 腕と両膝に包帯を巻いた近江の目はどこを見るでもなく、大して美紀は落ち着いた優しい笑顔。


「大丈夫ですよ会長! 春君は元気な顔で出てきますって! 」


「はい…… 」


 彼は心ここにあらずの彼女に声を掛けるが、彼女はずっとこんな調子だ。


「…… どうして笑顔でいられるんですか…… 」


 やっと違う言葉を口にした彼女に、彼はやはり笑いかける。


「だって春君が手術室から出てきた時、情けない顔出来ないでしょ? いつ出てきてもいいように…… だって春君が死ぬわけないもん! 」


 明らかな作り笑い。 彼が蘇生措置を施した途端、春翔の首の傷から血が溢れ出て血の池を作ったのを美紀は見ている。 救急車の中でも輸血は行われたが、もし彼がそのせいで死んでしまったらと、美紀は満身創痍だったのだ。


 

「そうですよね、大丈夫です…… 」


 だが根拠のない美紀の言葉は近江の表情を変えることは出来ない。


「どうして…… どうして彼は他人ばかり…… 」


 近江は目に涙を溢れさせ、膝に置いた両手をギュッと握りしめた。


「そういう男ですよ春君は。 先輩だって言ってたじゃないですか! 守りたい気持ちが強いんだって。 だからチカラが使えるんだって 」


「その為に自分が犠牲になっていい筈ありません! 」


 大粒の涙が頬を伝う。 美紀は引きつった笑顔のまま近江の頬をそっと拭った。


「全くです! 手術が終わったら怒ってやりますよ! 僕は! 」


 その時二人の目の前をヘルメットを被った赤十字の血液輸送の男性が足早に横切り手術室に入っていった。


「ミキ! 」


 二人がその様子を黙って見送ると、赤十字隊員の後を追うように高坂が二人の元に駆けてきた。 学校で準備をしていた高坂は、美紀から連絡を受けてメイド服のまま飛び出してきたのだ。


「春翔は? 」


 彼女は息を切らせながら美紀に掴みかかるように詰め寄る。 美紀はやはり笑顔を作って高坂の腕をポンポンと叩いたのだった。


「まだ手術中だけど大丈夫、すぐに出てくるよ 」


 あからさまに作り笑いだと高坂は気付いたが、『うん』と力強く頷いた。




 三人は手術中の赤いランプが消えるのを今か今かと眺める。 すると手術室から出てきた赤十字隊員が3人の前を通り過ぎ、そのすぐ後を看護師が追いかけてきて呼び止めた。 小声で話してはいるが静かな病院内では丸聞こえだ。


「輸血パックが足りないって…… 嘘でしょ!? 」


 その内容を黙って聞いていた高坂が乱暴に看護師に掴み掛かった。


「何ですかあなたは!? 」


「春翔の友達です! 教えて下さい! 」


 看護師は迷っていたが、おもむろに口を開いた。


「出血が多くてちょっと危険な状態です。 でも大丈夫ですよ、すぐに他の所に手配して…… 」


 近江の顔はより一層青くなり、美紀からは笑顔が消える。 だが高坂だけはすかさず腕を捲って看護師の前に差し出したのだ。


「すぐにでも必要なんでしょ? あたしの血を使って下さい! 」


「無茶言わないで下さい。 気持ちはわかるけど…… 」


「あたしも春翔もA型です! 早く! 迷ってる時間なんていらない! 」


「……先生の許可と血液検査をしないと輸血できるかわかりませんが 」


 高坂が頷くと、看護師は足早に彼女を処置室へと連れて行った。 美紀も近江も黙って高坂を見送ることしかできなかった。 二人の血液型は春翔とは違うのだ。


「私は…… 本当に無力です…… 」


 両手で顔を覆って近江は肩を震わせる。


「会長、僕らも動きましょう! 僕らにもきっとできる事がある筈です 」


「でも私…… 私! 」



   パアァン…………



 廊下に響き渡る乾いた音。 その場で泣き崩れた彼女の頬を美紀が平手打ちしたのだ。 彼は吹っ飛んだ彼女を引き起こし、しっかり目を見て口を開く。


「今こそしっかりする時でしょ! 会長らしくない! 」


 叩いた美紀の目にも涙が溢れていた。 彼女は叩かれた頬に手をあてることもなく茫然としている。


「僕らにもチカラがあるんでしょ!? 超能力だけがチカラじゃない!! 」


 静かな廊下に響き渡る彼の怒鳴り声。 彼女はそのままの姿勢でしばらく沈黙していたが、首を左右に振ると自分で両頬を思い切り打った。 開かれたその目にはチカラが宿る。


「…… そうでした。 その通りです! 」


 彼女は美紀の手を握り、出口のあるロビーに向かって歩き出したのだった。

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