80話 溺れた彼女(唯SIDE)
飛島春翔。 市立陵州高校の二年生。 なんとかそこまでしか調べることは出来なかったが、それだけの情報が手に入れば後は容易い。
「おい唯! ちょっと待てよ! 」
「何よ。 アンタはもう彼氏でもなんでもないわ! 名前を呼ばれるのもウザい! さようなら 」
半年間付き合った彼氏だけど、聡にはもう冷めていた。 何をするにも見栄ばっかり…… ゴムボートで二人きりの海デートを演出したかったみたいだけど、流されて転覆した挙げ句、溺れたウチを助けようともしなかったのだ。
そんな奴とはその日でサヨナラしたけど、未練がましくつきまとわれている。
あの日、ウチは春翔君に命を助けられた。 海岸からかなり遠くまで流された筈なのに、彼は颯爽と現れ、あっという間に海岸近くまで泳いだのだ。
「はあ…… カッコ良かったなぁ…… 」
光輝く海面をバックに手を伸ばして、ウチの体をしっかりと抱き抱えて……
「ウチを優先して海から引き上げてくれて…… んふふ…… 」
もうウチの中は春翔君一色。 溺れて死ぬかと思ったけど、運命の出会いを果たす為だったと思えば苦じゃない。
「唯! 俺が悪かった! もう一度だけチャンス…… 」
「うるさい! チャンスなんて二度とないし、もうついてくんな! 」
目指すは隣町の神橋市! 陵州高校に行けば彼に会えるはずだ。 会えば彼はウチを迎えてくれる…… そう思っていた。
「あーキミキミ! 勝手に敷地内に入っちゃダメだよ? 来校者名簿に記入してネームプレート下げなきゃ! 」
校舎に入ってスリッパに履き替えていると、教師と思われるバーコード頭のおっさんに呼び止められて怒られしまった。
「めんどくさ…… 」
氏名、性別、連絡先、来校の目的…… 外部の者が校舎に入るのにこんな手続きをしなければならないなんて知らなかった。 セキュリティの関係で仕方ないのか。
「あら、あなたは…… 」
首にネームプレートを下げたところで、一人の女子高生に声を掛けられた。 うわっ美人! レベル高! でもどこかで……
「さしずめ命の恩人に会いたくてわざわざここへ来た、というところかしら? 」
「うげっ!? 」
何よコイツ! ウチの考えてることが読めるの!?
「荷物搬入…… ダメよ? 来校者名簿に嘘を書いては 」
「すいませ…… って思い出した! あんた春翔君と一緒にいた黒ビキニの! 」
「やはりそうなの? 即刻お帰り頂こうかしら。 ハルト君の女は間に合っているの 」
間に合ってるって……
「あんたが彼女なの!? 」
「そうよ。 まあ正しくは私だけではないのだけれど 」
…… は? だけじゃない?
「うわあぁ! そのコスは無理だよぉ! 」
廊下で睨み合ってたウチとインテリ女の間を、ゴスロリメイド服の超可愛い子が走り抜けていく。
「ダメだよミキちゃん! こっちの方が似合うんだから! 」
「せっかく特注で作らせたんだから試着だけでも! ねっ! 」
これまたレベルの高い二人が超ミニスカートのメイド服を両手にかかげながら走り抜けていく。
「あの子もそうね。 いつもハルト君の側にいるわ 」
「え…… 」
メッチャ可愛かったんですけど! っていうか春翔君二股が許されてるの!?
「あっ、本條先輩こんにちは! 」
「あら高坂さん、お出かけ? 」
「はい、練習用の紙皿が足りなくなっちゃって…… あれ? この人春翔が助けた…… 」
この女も見たことある…… まさかだよね?
「ええ、ハルト君を横取りしようとしているから追い返しているの。 幼馴染みとして許せるかしら? 」
「横取り!? むうぅ!! 」
まさかだった! この高坂って奴には勝てそうだけど、三股ってなんなのよ!
「廊下は走ってはダメです! うん? あら…… 」
また一人現れた! 確か『お嬢様』って呼ばれてた紫のパレオのおっぱい大きい娘! その後ろにはあの時のボディガードっぽい厳つい男もいるし!
「ようこそ陵州高校へ。 お体の具合はどうですか? 」
「え…… ええ…… おかげさまで 」
丁寧な言葉と優しい笑顔に思わず頭を下げてしまった。
「ゆかり、女狐に心配などいらないんじゃないかしら 」
「女狐…… 」
フッとウチを見据える視線に背筋がゾクッとした。 穏やかな笑顔なのに恐怖を感じる…… なに!? この娘!
「春翔君をお慕いするのは自由ですが、ただでさえ激戦なのに…… 蘇我君、彼女にはお帰り頂いて下さい 」
「はっ! 」
お嬢様だったー! ズイッとウチの前に立つ厳つい男に睨まれてやむなく校舎から退散する。
なにこれ…… インテリ女にメイドに幼馴染みにお嬢様の四股。 いや、あの日砂浜で腕を組んでいた白ビキニもきっとそうだ。
トボトボと陵州高校から引き上げながら考える。
ウチの中で春翔君は運命の人は五股の女の敵に格下げ…… にはならなかった。 彼が五股なんてあり得ない!
彼は誰かと付き合っている訳ではなく、周りのあの娘達はみんなライバルなんだ。 一番危険なのは腕を組んでいた白ビキニと、ゆかりと呼ばれたあのお嬢様。
春翔君の顔も見れずイライラが募る。 にしても、ウチだってそれなりに自信はあったのに、彼の周りの娘達のレベルが高すぎる…… 春翔君の気を引こうというよりも、周りをどうやって排除しようかという黒い気持ちがウチを飲み込んでいった。




