78話 救出劇
ゴムボートは午前中よりも遠く離れ、遠くてよく見えないがボートにしがみついている人影は一人に見える。 美織はすぐに立ち上がり、ゴムボートを見据えていた。
「ダメだ美織! 」
彼女が何をしようとしたのかはすぐにわかった。 チカラであのゴムボートの二人を助けに行こうとしたのだ。
「でもハル君! 早くしないと! 」
「春翔、あれ!! 」
飛び起きた絵里がゴムボートのはるか左横を指差す。
「女の子! 頭と手が見えた! 」
俺には何も見えないが、絵里は視力がいいのだ。 ということはさっきの男性が探してたのって……
「離岸流に飲まれたのかしら…… 」
「恐らく。 この海岸は遠浅で両脇にテトラポッドが入っていますから 」
本條先輩とゆかり先輩は冷静に分析しているようだが、子供が溺れているとなると落ち着いてはいられない。
「行こう美織! ゴムボートの方を頼む! 」
「うん! 」
絵里が指差した方向を見定めて跳ぼうとしたその時だった。
「待ちなさい二人とも! 」
体が硬直するほどのゆかり先輩の怒鳴り声。 その場に踏みとどまって先輩に振り返る。
「俺達なら助けられます! その為に俺達は…… 」
「その通りだと思いますが、今はその時ではありません! 」
今は!? ゆかり先輩は顎に手を当てて頭をフル回転させているようだった。
「ゆかり、他の海水浴客の目を引きなさい! 」
本條先輩は俺達の背後に回って肩に手を置く。
「人間ってね、多少水を飲んだくらいじゃくたばりはしないものよ。 それよりも救助の時にはパニックで暴れられる方が厄介なの。 レスキューなんて場合によっては要救助者をワザと沈めて気絶させるくらいよ 」
落ち着いた彼女の声が慌てていた気持ちを落ち着かせる。 それでも跳ぼうとする美織を『まだよ!』と叱りつけた。
「合図をしたらハルト君はゴムボートの女性を。 美織は体の小さい子供の方に跳んで。 いい? 」
「はい! 」
「うん! 」
司令塔になってくれる本條先輩が頼もしい。 いつでも跳べるように、俺と美織は目標に向かって集中する。
「蘇我君! 」
「はっ! 」
ゆかり先輩は蘇我の手を引いて俺達から離れ、蘇我に抱き付いて叫んだ。
「私への想いはどれほどですか!? 力の限り叫べば叶うかもしれませんよ! 」
キラーンと蘇我の目が不気味に光った。
「うおおおぉぉぉ!! ゆかりさん! 好きだあああぁぁぁぁ!!! 」
鼓膜が破れるかと思うほどの叫びに、海水浴場の全ての人の注目が集まったような気がした。
「ミキちゃん! 」
「てええぇい! 」
本條先輩の合図に美紀は砂浜に正拳突きを一発。 渾身の一撃に砂煙が舞い上がり俺達を包み込む。
「「きゃあぁ!! 」」
前園先輩達の悲鳴が聞こえたがその姿は見えない。
「今よ! 跳んで! 」
パシュン!
背中を叩く合図に俺達は目標に向かって跳ぶ。 ゴムボートに捕まっている金髪男性の背後に跳び、そのまま海に着水してもう一人を探したが見つからない。 すぐに潜って周囲を見回すと、もがきながら沈んでいく女性を見つけた。
「くそっ! 」
ゴムボートを意識しすぎて少し離れた位置に跳んでしまったらしい。 距離は結構あり、泳いでは間に合わないかもしれない。 親父が言っていた空間転移の理論なら、水の中だって跳べるはず! 大きく息を吸って再度海に潜る。
バシュン!
耳をつんざくような音と共に女性の目の前に跳んだ。 彼女はパニックで俺に気付いていないらしく、尚ももがき続けて俺のハーフパンツを掴んだ。 これなら!
バシュン! バシュン!
連続で跳んで出来るだけ岸へ!
「ぷはっ! 」
海面から顔を出すと、すぐそこに赤色灯を付けたジェットスキーが迫ってきていた。 誰かがライフセイバーか海難救助を要請してくれていたらしい。
「もう大丈夫ですよ! 」
「俺は大丈夫ですからこの人を! 」
彼らに女性を預けてすぐに美織の姿を探す。 彼女も無事女の子を拾い上げたらしく、小さな漁船に引き上げられていた。
「よかった…… 」
俺は落ち着いて立ち泳ぎをしながら、砂浜で手を振っているみんなを眺める。
きっと俺一人では助けられなかっただろう。 きっと俺と美織だけでは、今は良くてもダメだったんだろう。
ゆかり先輩や本條先輩、美紀や絵里、そして蘇我がいなければ、きっとダメだったんだろうなと…… そう思った。
やがて引き返してきたライフセイバーに引き上げてもらい、俺はみんなの待つ砂浜へと向かう。 砂浜に近付くにつれてパラパラと拍手が聞こえ、やがて海水浴場全体を拍手の渦が包む。
「ハル君! 」
砂浜に降り立った瞬間、先に着いていた美織が抱き付いてきた。
「やったねハル君! さやかちゃんも無事だよ! 」
この後、俺と美織は海上保安庁から感謝状を貰った。 が、感謝状をもらうのは俺達二人だけじゃない筈。 皆の協力があってこそ助けられたのだから…… とは言えなかったが、その事はチカラを知る皆には伝えたのだった。




