74話 頼る人、頼りになる人
フラフラ歩くゆかり先輩を介助しながら生徒会室を出てからが大変だった。
「先輩!! しっかりしてください! 飛島! どういうことだこれはぁ!! 」
メソメソしていた筈の蘇我はゆかり先輩を見るなり発狂し、俺は『こんにゃく』にされるは集まってきた先生を吹き飛ばすはで大騒ぎになった。 騒ぎを収める為に事情を説明したゆかり先輩はもっと具合が悪くなり、今は蘇我に背負われて帰宅中だ。
「絶対落とすなよ? 」
「死んでも落としはしない! 」
彼女をおんぶする蘇我は涙を流しながら彼女を心配し、背中を向けて動こうとしないその熱意に負けたゆかり先輩が自らおんぶを依頼したのだった。
「ハルトという名前の方はみんな頑固です…… 」
「違いますよ先輩。 先輩が頑固だからこっちも頑固になるんです 」
「もう…… それは私の真似ですか? 」
俺と先輩は笑い合うが、蘇我は『くうぅ!』と涙を流す。
「ど…… どうしたよ? 」
「こんなにお側に仕えていたのに、体調の変化に気付けないオレはボディガード失格だ…… 」
気持ちは分かるが、プロのボディガードだってそこまでしないだろうよ。
「お前はすぐに気付いたのか? 」
「昼休みにな。 なんだか顔色が悪いような気がしてたんだ 」
「…… お前は細かい部分にも目が届くんだな。 オレがボディガードを引き受ける必要などなかったかもしれねぇ…… 」
遠い目をする蘇我に、やっと先輩も開放されるんだなと思ったその時だった。
「それは違いますよ蘇我君。 あなたが側にいてくれたおかげで、私はどんなに心強かったか。 自分を貶めてはいけません 」
あーあ…… 先輩は気遣いで言ったつもりなんだろうが、開放されるチャンスを失ったのだ。
「…… この蘇我悠人、この命が尽きるまであなた様に仕えると誓います!! 」
「蘇我君!? それはちょっと…… 」
ほらみろ、もうこいつに先輩の声は届いていない。 たまには先輩にもいい薬になるだろうと目線を向けると、彼女に恨めしい目で睨まれてしまった。
俺が彼女の看病をするのはどうしても許せんというので、俺は絵里に連絡を取って事情を説明した。 家に着く目前から引き返してきてくれた絵里は、今までおんぶしてきた蘇我を容赦なく追い返す。
「アンタ以外に部屋に入られるのは嫌なのよ? そのくらいわかりなさいよ 」
「いえ、そんなことはないんですけど…… 」
テキパキとゆかり先輩を寝かせる準備をする絵里。
「アンタもほら、出てった出てった! 着替えするから! 」
絵里に背中を押され、俺も慌てて部屋から出る。 しばらくしてリビングに出てきた絵里は、容赦なく冷蔵庫を開けて『うーん』と唸っていた。
「おい、他人んちの冷蔵庫は勝手に開けるもんじゃないぞ? 」
「会長、出張の多いお父さんと二人暮らしなんでしょ? この中身じゃロクに食べてないみたいだから、栄養のある物を用意しなきゃ 」
面倒見のいいこいつらしい。 ゆかり先輩に敵対心はあるみたいだけど、その辺は別なんだな。
「こんだけじゃ無理! 買い物いこ、春翔! 」
バンと冷蔵庫を乱暴に閉じて、絵里は俺の手を引いていく。
「でもゆかり先輩が…… 」
「瀕死じゃあるまいし、女はそんなにヤワじゃないわよ。 優しさの向け方を間違えんな! 」
パシッとおでこを叩かれたが、決して絵里は怒っている訳じゃないのはわかっていた。
「なによ、その顔 」
「いや、頼りになるなと思って 」
「アンタが頼りなさすぎなの! 」
玄関に鍵をかけてエレベーターに乗り込む。 ドアが閉まると、絵里はピトッと腕にくっついてきた。
「…… なんだよ? 」
「うそ。 頼りになる男だよ、アンタは 」
たまに見せるこういう所が可愛い。 ヤバいな…… 俺、どんどん絵里に惹かれていってる……
スタミナがつきそうな肉料理を何品か作り置きし、眠っている彼女に書き置きをして俺達はマンションを出た。
「おや? 春翔君じゃない! 」
「あっ! 三浦さん! こんばんは 」
エントランスから出たところで、仕事帰りの司書の三浦さんと出会った。 ちょうどよかった…… ゆかり先輩の体調を話して後を任せる。
「ホントにあの子ったら。 最近君に夢中になってたと思ったら自分が倒れちゃうなんて情けないわ。 あとできっちりお灸据えとくからね! 」
ブンブンと肩を回してケラケラ笑いながら去っていく三浦さんは相変わらず明るい。
「アンタの知り合いはなんで美人ばっかりなのよ! 」
「おふっ! 俺じゃない! ゆかり先輩の知り合いだって! 」
ボディブローをもらい、逃げるようにマンションを後にする。 バスに乗り、送っていくと約束して絵里の自宅まであと少し。
「ねぇ春翔、陵州祭はもう誰かと約束してるの? 」
「ん? いや、多分美紀と回ると思うけど 」
年に一度の学園祭。 今年は生徒会の意気込みに煽られて生徒達も気合が入っているから、去年よりも盛大な学園祭になるのだろう。
「じゃあさ、あたしと一緒に回ろうよ! 何か奢ってね! 」
「おい! 普通は誘った側が奢るもんじゃないのかよ? 」
もちろん本当に奢らせるつもりなんかない。
「なによ! 今回の貸しはそれでチャラにしてあげようと思ったのに! 」
「んあっ! 高坂さん、もう一品追加してもいいですよ! 」
「二品で手を打とうトビシマクン! 」
「…… 太るぞ? 」
「うっさい!! 」
そんな話が凄く楽しい。 あっという間に絵里の家の前に着いてしまった。
「ありがとな、ホント助かった 」
「水くさいのよそんなの。 どんな事でもアンタを助けるんだから当然でしょ? 」
ヤバい…… 自然に絵里に手が伸びる。 このまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、思いとどまって頭をグリグリ撫でてやった。
「なにすんのよ! 」
腹にグーパンチをもらって退散する。
人として自信を持ちなさい
いつか聞いた本條先輩の説教の中にあった一言が俺の胸の中をぐしゃぐしゃに掻き回していたのだった。