73話 美紀の提案
「え? 海? 」
屋上で美紀の弁当を囲んでいた時、美紀が唐突に話を切り出した。
「うん! 海水浴もそろそろ終盤だし、ひと夏の思い出にと思ってさ 」
まあいいけど。 周辺をうろついていたスーツの男達の姿も見なくなったし、とりあえずは落ち着いたとみていいよな。
「私もぜひご一緒したいです! 」
卵焼きを落としそうになっているゆかり先輩はノリノリ。 一方絵里は難しい顔でゆかり先輩を横目で見ている。 こいつ泳げないって言ってたもんな……
「やめとくか? 」
「いや、望むところよ! 」
妙に気合が入った絵里の目線を追うとゆかり先輩の胸に辿り着く。 そっちかい!
「じゃあ美織も誘っていいですか? 多分強引にでもついてくると思うので 」
「もちろんです! 」
満面の笑みを見せる先輩に対して、絵里は『ゔっ』と唐揚げを喉に詰まらせる。
「あら、それなら私も混ぜてくれないかしら? 」
そう言って美紀の後ろからウインナーをつまみ上げたのは本條先輩だった。 どこから現れたのか全然気付かなかった…… まさかチカラ!? と、そんなわけはない。
「行きましょう恵さん! あなたとお出かけしたかったんです! 」
「そう? 予定が空いている時はいつでも…… あら、このウインナー美味しいわ 」
美紀は弁当を褒められて、笑顔で『どうぞ!』と弁当箱を差し出している。 この人も見かけによらず…… と絵里を見ると、顔に線が出ていた。
「…… やめるか? 」
「うっさい! あたしのを見るなバカ―! 」
美紀と二人だけだった屋上の昼食も賑やかになったものだ。 チカラを知る人達がこうして……
「ミキちゃん発見! 」
「なになに!? なんの騒ぎ! 」
突撃してきたのは前園副会長と伊丹書記長。 チカラに関係ない人も混じってしまった……
「いいねそれ! 亮太君と圭ちゃんにも声かけておく! 」
ゆかり先輩が端的に説明すると、二人は美紀を追いかけまわしながら喜んでいた。
「最近陵州祭の準備でみんなストレスが溜まっていたものですから。 よろしかったでしょうか? 」
「いいもなにも、もう言っちゃいましたし 」
美織を含めて10人と結構な人数。 苦笑いを向ける先輩に苦笑いで返した時に気が付いた。
「うん? 先輩…… 大丈夫ですか? 」
「え…… なにがですか? 」
苦笑いのままゆかり先輩はベンチから腰を上げ、『用事を思い出しました』と校舎へと戻っていってしまった。 なんだか具合が悪そうな……
「ハルト君 」
本條先輩も彼女の様子が気になったようだ。 じっとその背中を見送った後、俺に耳打ちしてきた。
「授業が終わった後、私とデートしましょう 」
「えっ? はっ!? 」
本條先輩から香る甘い匂いに、あの時のキスを思い出してドギマギしてしまった。
「冗談よ。 生徒会室まで一緒に来てくれるかしら? 」
返事をする間もなく本條先輩も校舎へ戻っていく。 拒否権ないじゃないか…… 絵里はブスッと膨れてるし。
「なんか前より仲よさそうだけど!? 」
「そんなことない! なんだよ? 」
「べーつーにぃー! 」
プイっとそっぽを向いてヤキモチを見せる絵里にため息をひとつ。
「…… お前だって案外大きいんだからそんなに…… 」
「言うなバカ―! 」
というオチを作って、午後の授業開始を知らせる予鈴が鳴り響いたのだった。
本條先輩の言いつけに従って、放課後に生徒会室に足を運ぶ。
「失礼します 」
何故か生徒会室の前でメソメソ泣いている蘇我を横目に、俺はノックをしてドアを開ける。
「あら、早かったじゃない 」
これまた何故か本條先輩が生徒会長席に座り、もの凄い速さでパソコンを叩いていた。
「ゆかり先輩は…… ん!? 」
彼女はソファに寝かされていて目にハンカチを当てている。 側には小柳が神妙な面持ちで彼女を見守っていた。
「どうしたんですかゆかり先輩! 」
「春翔君…… なんでも…… 」
「起きちゃダメです会長! 」
起き上がろうとした彼女は、小柳に叱られてまた大人しく横になる。 やはり具合が良くなかったんだ……
「ハルト君、その子を連れて帰ってくれないかしら? ただの過労だからゆっくり休めば心配いらないのだけれど、この子帰ろうとしないのよ 」
こうなることを予測してあらかじめ俺を呼んだのか。 恐るべし…… じゃなかった、頼りになる先輩だ。 代役として本條先輩が立ち、他の生徒会役員は外出中だし。 小柳に睨まれてるのは置いておいて。
「ほら先輩、送っていきますよ 」
「少し横になりましたから大丈夫です! 今日分だけでも終わらせないと明後日の海の予定が…… 」
そういうことか。 小柳の目が気になるが、俺はゆかり先輩の耳元で囁く。
「意地を張るなら跳んででも病院連れて行きますよ? 」
「…… 意地悪です…… 」
ゆっくりと体を起こした先輩に可愛く睨まれ、小柳にジト目で先輩の鞄を預けられて、俺は生徒会室を後にしたのだった。




