72話 経験に
本條先輩は親父と向かい合って話をし、時には言葉を荒げ、時には涙を浮かべてゆっくりと時間をかけて真実を聞いていた。 俺は先輩の横に座って手を握り、反対側には美織が腕を絡めて身を寄せていた。 気が付けば陽も傾き、先輩の要望で俺は『望洋岬』という閉鎖された駐車場公園に二人で来ていた。
閉鎖が物語るように、この公園は幹線道路から外れた海岸沿いの低い位置に作られ望洋とは名ばかり。 だが先輩はこの人気のないこの場所で、チカラを経験しておきたかったのだという。
「テレポート酔い、大丈夫ですか? 」
「え…… ええ…… ゆかりから聞いてはいたけれど、これほど酔うとは想定外…… 騙されたわ 」
俺の胸に抱かれるようにぐったりしている先輩は、時々嘔ずいて袋を構える。 中身は出ていないようだが、その方がより苦しいかもしれない。
「でも良い経験になったわ。 経験しておかないと大きな口を叩けないもの 」
「えっ! これを武器にするわけじゃないですよね? 」
「フフ…… どうしようかしら 」
本気ではないとは思うが油断ならない人だ。 が、首をもたげて体を預けてくるこのシチュエーションは卑怯だ。 香水なのか、少し甘い香りと女性の肌の柔らかさにクラクラしてしまう。
「ありがとうハルト君。 おかげで過去を吹っ切れたわ 」
「そう簡単なものではないと思うんですが 」
「そうね…… 父が亡くなって8年、なんとかして関係者を吊るし上げようと知識をつけて頑張っていたけど。 所詮個人では政府相手では無理があった。 いくら騒いだところでその度に足蹴にされ、他研究所に助けを求めても門前払い。 唯一相手にしてくれた阿久津事務所に騙されて…… 色々あったわ 」
先輩は僅かに見える水平線を見つめる。 なんて声を掛ければいいのか分からず、普段とは違い弱々しく見える先輩を放す事も出来ず。
「このままあなたのものになってもいいのだけれど 」
「なっ!? 」
『冗談よ』とクスクス笑う先輩だったが、冗談に聞こえないのは俺だけだろうか。 再び胸に顔を埋めてくる先輩に、俺は身動きが取れない。 潮風も徐々に冷たくなってきたし、そろそろ戻らないとと考えている時だった。
「私、飛島博士の元で生物研究者になるつもりよ 」
「えっ! 」
「大学で生物学を学び、大学院を経て研究所を立ち上げて、もう一度多能性幹細胞の研究に取り組む。 もちろんそれだけではないけれど、実績を上げた研究所の意見なら政府だって無視することは出来ない筈よ 」
俺達に迷惑をかけない復讐の手段…… 人生をかけて父親の無念を晴らそうとする覚悟に、俺も覚悟を決める。
「協力します。 出来ることがあれば言ってください 」
「それじゃ…… 」
ん!? 反応する間もなく先輩にキスされてしまった。 触れるだけの軽いものではなく…… これ以上は言い表せない。
「ちょっ! 」
「ふふ…… ちょっと刺激が強すぎたかしら? といっても、私もファーストキスなのだけれど 」
「強すぎますよ! 俺は誰とも恋愛しないと決めてるんですから! 」
「あら、どうして? 」
ゆかり先輩と同じ反応。 これはやらかしてしまったかもしれない……
「クローンだからと言って恋愛感情がない訳ではないでしょう? そもそもあなたは…… 」
それから陽が沈むまで、本條恵博士のお説教は続いたのだった。
知られてはいけない正体、知られてはいけないチカラ…… それは今後も変わることはない。 だが美紀を先駆けにゆかり先輩に知られ、絵里に知られ、本條先輩に知られて。 美織が現れて、『忌み嫌われしチカラ』は俺の中で確実に変化している。
徳間教授や親父達が思い描いたチカラは、間違いなく俺と美織の中に生きている。 俺達はこのチカラを間違った使い方をしてはならないと、改めて気を引き締めたその後の事だった。




