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71話 区切り

 俺は大事な事を忘れていた。


「お久しぶりね、飛島博士 」


「…… 今は本條恵くん、だったね 」


 本條先輩は家庭を崩壊させた関係者に復讐心を抱いていることを。 親父だって元徳間研究所の一員なのだから例外ではないのだ。


「息子の正体を知って、すぐにでも私を殺しに来ると思っていたんだがね 」


「そんな馬鹿な真似はしないわ。 彼は私の恩人であり、あなたは彼の父親だもの。 彼には迷惑をかけないと約束もしているから 」


 彼女はいつものポーカーフェイスではなく、冷たく突き刺さるような目線を親父に向けていた。 玄関で正対する二人の緊張感に、美紀や美織は言葉をなくして近付けもしない。 俺だけが二人の間に立ち、今にも殴りかかりそうな彼女に気を張り詰める。


「ハルト君 」


「は…… はい! 」


 先輩は親父を見据えたまま俺に向かって手を伸ばす。


「手を…… 握っていてくれないかしら? 私が過ちを犯さないように 」


 過ち!? もしかしてまたカッターが偶然にもポケットに入ってるのか!?


「はい! 」


 慌てて先輩の手を握るとしっとりと汗ばんでいた。 ギュッと握り返す力は強く、何度も深呼吸して怒りを堪えているように見えた。


「先輩…… 」


「大丈夫。 あなたを側に感じられれば、きっと乗り越えられるわ 」


 どういう意味なのかは俺には理解できなかった。 が、目を閉じて深く息を吐き出し、再び親父を見る先輩は、元のクールな表情になっていた。


「今さらなのだけれど。 飛島博士、あなたなら父を止められたんじゃないかしら? 」


「残念だが、私はこの子を連れていたから動き回る訳にはいかなかった 」


「そうね、徳間の研究員には政府関係者に常に監視されていたようだから。 妙な動きをした者は消されてしまった…… ということなのでしょう? 」


 監視? ということは親父も監視されていたのか?


「…… 佐藤と江口は研究を続けようと第二の徳間研究所を立ち上げたが、交通事故と火事で死んだ。 三上君は獄中で変死だったそうだ…… 残ったのは私と二階堂君だけだった 」


 親父はポケットからタバコを出して火を点ける。 事態が動き始めて不安に思っていたのは俺達だけじゃなかったんだ。


「父に監視の目があったことは幼かった私にでもわかるほどだったわ。 生活の保障はされていたものの、行動は制限され、近所からは『働きもしない研究者』と気味悪がられていたわ 」


「それじゃ先輩も…… 」


「ええ。 『堕落者の娘』なんて言われて虐められたわ 」


 ひでぇ…… 耐えがたい怒りに歯を食いしばると、先輩が握った手に力を込めてきた。 俺も無意識にその手を強く握っていたらしい。


「同情してくれるの? やはりあなたは優しいわ 」


 フワッと笑った先輩の背後から美織が抱きしめる。


「ごめん…… ね…… わたし達のせいで…… 」


 涙声で謝る美織に、先輩は頭に手を添えて頬を寄せる。


「あなたのせいではないわ美織。 もう過去の事なのだし、私は区切りをつけたくて今日ここへ来たのよ 」

 

「中へ入りなさい。 私が知る全てを話そう 」


 親父を先頭に本條先輩、美織と続き、気が付けば美紀の姿がない。 どこに行ったのかと表に出ると、ドアの柱に背中を預けて空を見上げていた。


「何してんだよ? 」


「本條先輩の過去だもん、僕が聞いていいことじゃないよ、きっと 」


「まあ、俺も聞いていいものかと思うけど…… あだっ!? 」


 そう言うと美紀にローキックをお見舞いされた。


「春君は聞いてあげなきゃ! なんであの人は春君の手を握ったんだと思う? 『飛島春翔』って支えがあるからここに来ようって思ったんじゃないの? 」


 そうか…… 親父の言っていた『すぐにでも』とは、そんな意味もあったのかもしれないな。


「わかった。 じゃあ悪いけど今日は…… 」


「うん。 どうしよっかな…… 絵里ちゃんをデートに誘ってみるかな! 」


 そのフリは絵里も忘れるなということなんだろうか。 美紀は『じゃあね』と少し寂しそうな笑顔で走って行ったのだった。  


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