68話 子孫繁栄?
結局服を脱がされ、頭を念入りに洗われ、体の隅々まで洗われ…… のぼせてしまったのは風呂の熱さだけではない。
「気持ちいい? 」
強制的に美織に膝枕をされて、今は耳かきの最中。 恥ずかしさも相まって最初は緊張していたが、他人にされる耳かきの気持ち良さと素足の柔らかさにトロけそうだ。
「美織、俺の前で脱ぐのって恥ずかしくないか? 」
「えっ? なんで? 」
下着専門店でも気になっていたことだ。 多分生まれた時から検査やらで服を脱ぐことが当たり前になっていたんだろう。
「だれかれ構わず脱ぐわけじゃないよ。 信頼してる人の前だけ。 だから純一おじさんやキミの前なら全然平気 」
「やっぱり検査とかの? 」
「うん。 わたしの体を管理してくれてたからね、恥ずかしい感情はないかな。 ハル君はきっと純一おじさんが人間のように育ててくれたんじゃないかな 」
コリコリと耳奥に響く心地良い感触と、彼女の優しい囁き。
「ハル君、大事な事を伝えておくね 」
「えっ? 」
「わたし達は子孫を残す事が出来ないの。 わたしは卵巣がないし、キミは精子を作ることができない…… 他は人間と変わらないんだけどね 」
美織はやはり子供が欲しいのか…… だが遺伝子的に子供が作れないとわかってるのなら、母性本能ってどうなるんだ?
「でもでも! 性欲はちゃんとあるし必要なものもついてる! だから、しよ! 」
ぶっ!? いきなり何を言い出すんだこの人は!
「近親相姦だろ! 」
「あっ! 動いちゃダメだってば! 」
危なく鼓膜を突き破られるところだった。 と、親父が地下室から頭を掻きながら上がって 来た。
「おお、姉弟仲睦まじいな。 いいことだいいことだ 」
「どうしたんだよ、寝てないのか? 」
親父が頭を掻くのは、決まって研究が進まない時だ。
「うむ…… お前達にはもう一種類の薬を飲んで貰おうと思っていたんだがな、うまく製薬できんくてな 」
「なんだよ、そのもう一種類って 」
「空間転移能力を消滅させる薬だ 」
なん…… だと!?
「正確には多能性幹細胞の働きを封じ込めるといったところだ。 これが成功すれば、お前達も人間と変わらない体になる。 成長遅延薬も必要なくなるのだが 」
嬉しい事だ。 が、素直には喜べなかった。 それは美織の言った『能力も体の一部』という言葉が引っかかったからだ。
「おじさん…… 」
美織もそう思ったらしく、不安な表情を親父に向けていた。
「うん? お前達は望んでいないのか? 」
「いや、正体がバレる事に怯えて暮らさなくても良くなるのはいいんだけどさ…… 」
忌み嫌っていたこのチカラだが、このチカラがなくなれば俺の存在意義がなくなるような気がする。
「チカラがなくなれば、それはもう俺じゃなくなるんじゃないのか? 」
「…… 」
「チカラを持つからこそ、飛島春翔じゃないのか? チカラがなくなったら、親父や徳間教授の研究成果はどこに行く? 二階堂博士の…… 本條先輩の無念は誰が晴らすんだよ? 」
ゆかり先輩は素敵なチカラだと言ってくれた。
美紀や絵里は俺を守ると言ってくれた。
本條先輩は胸の内を明かしてなお、別の方法を探すと言ってくれた。
その気持ちを無駄にしたくない。 俺の肩をギュッと握る美織もまた、俺と同じ想いだと思う。
「わかった、この案件は破棄しよう。 だがまだしばらく眠気と戦わなければならんぞ? 」
美織の顔を見上げると、彼女も満面の笑みを浮かべて頷いた。
「それと美織くんの戸籍が出来上がったんでな、この住基カードを渡しておこう 」
「ホント!? おじさん! 」
「ああ、これからは『飛島美織』と名乗っても大丈夫だよ 」
「おわっ!? 」
彼女は膝の上の俺を振り落として親父に抱きつく。 『ありがとう!』と何度も抱きしめる彼女に親父も少し苦笑いだ。
「わたし、頑張っていいお嫁さんになるからね! 」
俺に笑顔を向ける彼女の目には涙が浮かんでいた。 が、お嫁さんは違うだろう。