63話 目が覚めると
朝6時半にセットしたスマホのアラームを手探りで止める。 学校は休む予定だったが、毎朝一緒に行っている美紀には連絡を入れておかなければならない。
アイツのことだ、俺が待ち合わせ時間になっても姿を見せなかったら心配してウチに来るだろう。 事情を知ればアイツも休むと言いかねないし、俺に付き合って休む必要もない。
「…… 体が重いな…… 昨日遅かったか…… ら…… 」
薄目を開けると、目の前には見慣れない黒髪と俺の使っているシャンプーの匂い。
「ん!? 中里さん! 」
「ん…… あ…… おはよ 」
俺の胸に突っ伏して寝ていた彼女も目を覚ましたが、まだ寝ぼけてるのかなんだか色っぽい。
「えへへ…… 夢じゃないんだね…… 」
「ちょっ! 」
彼女はズリズリと顔を寄せてきて頬擦りしてくる。
「何してんすか中里さ…… 」
「ちーがーうー! 美織って呼ばないと離れてあげない。 キミにそう呼ばれるのってショックなんだよ? 」
ち…… 近い! 横を向いたらキスしてしまいそうだ。
「わたしのことは名前で呼ぶこと! 敬語は禁止! 約束して? 」
「…… 善処します 」
「男らしくないなぁ…… なんてね。 いきなりは無理だよね、わたしだってドキドキしてる 」
まだ離れてくれない彼女は、俺に覆い被さるように胸に顔を埋めてくる。
「やっと会えた…… まさかこうして会えるとは思ってなかったから凄く嬉しい…… 」
何度も俺の存在を確かめるように、彼女は腕を触り、肩に手を滑らせ、首に腕を回して抱きしめてくる。
「逞しい男の子になったね…… よかった…… 」
泣いてるんだろうか。 手入れをしていない様子のボサボサの髪をそっと撫でると、彼女も力を抜いて身を委ねてくる。
「中さ…… 美織さんはずっと俺を探してたんですか? 」
「まあ良しとするか。 そうだよ、二年間ずっと探してた 」
徳間教授は二年前に亡くなったと彼女は言う。 それまでは山梨県の山中に身を潜めて暮らしていたが、教授は亡くなる前に親父を頼るよう伝えたのだそうだ。
「お父さんは肺炎をこじらせちゃってね。 お医者さんに行こうって何度も説得したんだけど、保険証もなければ身分証明書も持ってなくてね…… 『足がつくから』ってずっと行かなくて。 わたしが殺したようなものだよ 」
「それは違う。 亡くなったのは残念だけど、教授はそうは思ってない筈だ。 むしろ美織さんや他のクローンを置いて先に逝ってしまう事を悔やんだと思います 」
「…… 優しいね、ハル君は 」
優しくなんかはない。 きっと皆がそう思うはず…… 自分を守れて初めて誰かを守れるのだから、道半ばで逝ってしまうのは悔しかったに違いない。
ピリリリ……
突然スマホの着信音が鳴り響く。 彼女もビクッと体を強張らせてビックリしていた。
「はい…… 」
ー 寝坊したでしょ! 遅刻しちゃうよ? ー
美紀の甲高い元気な声がスピーカーから溢れる。 時計を見ると7時過ぎ。 ヤベぇ、連絡入れるの忘れてた。
「悪い、今日は俺休むわ 」
ー えっ! どうしたの!? 具合悪い!? ー
「そうじゃないけど、学校終わったら説明するから 」
ー 今説明してよ! 気になって授業どころじゃないよ! ー
ですよねー…… 『姉が見つかった』と簡潔に説明し、スーツ男の目があるからと付け加える。
ー わかった。 じゃあ学校終わったら速攻で行くからね! ー
美紀を説得している最中、中里さんはずっと俺を見て笑っていた。 顔が近いから会話の内容も聞こえていたようだ。
「ゆかりちゃんもそうだけど、ハル君の周りにはクローンを理解してくれる人がいるんだね 」
「美紀もゆかり先輩も特殊な出会いでしたから 」
「また敬語! 」
「いきなりは無理ですって…… 」
そう答えると彼女はフワッと微笑む。
「ねぇ、色々聞かせて。 キミの事とか友達の事とか 」
いいけど、いい加減俺の上から降りてほしい。
「朝飯にしましょうか。 トーストくらいならあります 」
ちょっと強引に押し退けて、俺はキッチンに逃げ込む。
パシュン!
「えっ!? 」
冷蔵庫の中身を確認していると、彼女はテレポートで俺の側に移動してきた。 この人はチカラに抵抗ないのか?
「何やってんですか! チカラは使っちゃダメですよ! 」
「どうして? 能力だってあたし達の体の一部だよ? 」
確かに。 って、納得してどうする!
「誰かに見られたらどうするんです? 大騒ぎになったら取り返しのつかないことに…… 」
ああ…… 今やっと美紀やゆかり先輩の気持ちがわかった。 俺が跳ぶ度に彼らはヒヤヒヤしてたんだ。
「今はカーテン閉まってるし、自重はしてるから大丈夫だよ。 たまに能力使わないとストレス溜まっちゃうよ? 」
「溜まりません 」
素っ気なく返すと、彼女は少し寂しそうに微笑む。 ストレスか…… 確かに美紀と特訓した後はスッキリしてたっけ。
「とにかく! 気をつけて下さいね 」
トースターに食パンを押し込み、ベーコンと卵をフライパンで焼きながらレタスを手でちぎる。
「へぇ…… 手際いいね! わたしはお弁当ばっかりだったからなぁ 」
「………… 」
彼女にも聞きたい事は山ほどある。 学校を休んだのはちょうど良かったのかもしれない。
「はい、出来ましたよ 」
俺は跳ばずにテーブルへ朝食を運び、最後にコーヒーをドリップして彼女の前に置く。
「今日も生あることに感謝を…… いただきます! 」
シスターのように目を閉じてお祈りしてから食べ始める中里さん。
「うん? 何か変だった? 」
「いや、なんでも…… 」
自分から始めたのか徳間教授がそうさせていたのかはわからないが、平穏な当たり前の朝が彼女には当たり前じゃないんだと知る。 美味しそうにトーストを食べる彼女を見ているととても複雑な気分になり、少し焦げたトーストの味がわからなかった。




