60話 舞う女性(ゆかりSIDE)
「あ…… 」
「…… えっ? 」
街灯の明かりが差し込まない民家とマンションの路地を覗いた私と、フワリと地面に降り立った女性はお互いを見て硬直する。 年の頃は20代半ば、首下でひとまとめにした髪はボサボサだ。
「…… こ、こんばんはー。 ははは…… 」
「こん…… 」
しばらく見つめ合った後、先に口を開いたのは彼女の方だった。 春翔君だと思い込んでいた私は、目の前の彼女がチカラでここに現れたのかを見極めようと必死に頭を働かせる。
元からここにいた? いや、夜遅くに路地に女性一人いるのは不自然だ。
飛び降りた? どこから? ビルとマンションからなんてあり得ない。
「ご…… ごめんねー! まさかこんな所に人がいるなんて思わないよねー! …… えっと…… 女子高生がこんな時間まで出歩いてちゃダメだよ? それじゃね ! 」
彼女は私の横を何事もなかったようにすり抜けて通りに出る。 だが私は彼女の手首を捕まえ、立ち去る事を許さなかった。
「待って下さい! 」
彼女は動きが止まり、冷や汗を垂らしながらチラッと振り返る。 私の推測が間違ってなければこの方はきっと! でも慎重に!
「今の音、テレポートしたんですか? 」
「っ!? 」
次の瞬間、私は肩を掴まれて路地の暗闇に引きずり込まれた。 腕を背中に固められ、胸から体を壁に押さえ付けられて身動きが取れなくなる。
「あうっ!! 」
「キミ、何者? 」
彼女は短く問う。 肩口から見るその目は鋭く、だがどこか怯えているように揺れている。 頬を壁にぶつけて痛いけど、彼女から目を離す訳にはいかない…… 直感でそう思った。
どうする…… 春翔君の名を出すべきか…… いやまだだ。 徳間研究所のクローンでも、仲間とは思ってはいけない。
「答えなさい。 能力の事を知っているようだけど、どこの関係者? 」
何から切り出せばいい? 彼女の質問に答えられず、そのままの姿勢でにらみ合う。
正直とても怖い。 膝はガクガクと音が聞こえそうで、体も小刻みに震え始める。 そんな私に呆れたのか、彼女は小さなため息を吐いた。
「何か言ってくれないと、わたしもこのままキミを離すわけにはいかないんだけど 」
「名前を教えて下さい。 でなければ私も信用出来ません 」
「ブルってるくせに…… まあ女子高生が関係者な訳ないか。 わたしは美織。 中里 美織だよ。 君は? 」
「近江ゆかりです 」
お互い名乗ったが、中里さんは解放してくれなかった。
「それで、どうして君はテレポートだと気付いたのかな? 」
「その前に、あなたは徳間研究所の生まれですね? 」
肩を押さえる彼女の手がピクッと震えた。
「へぇ…… クローンの事まで知ってるんだ。 そっかぁ…… 女子高生と思って油断してたな…… 」
次の瞬間、暗い路地から月明かりの下に一瞬で出た。 私は目の前の金網に押し付けられて再び身動きを封じられる。 足場は狭く、どうやらここはどこかの屋上の転落防止のフェンスの外らしい。
「さあ、知っている事を全部話しなさい! 抵抗すると突き落とすわよ? 」
春翔君より激しいめまい。 跳び方が荒いのか、彼女の方がチカラが強いのかわからないけど、彼女のチカラは怖いと感じた。
「そのチカラは人を殺す為のものですか! 私の知る方はそんなチカラの使い方は絶対しません! 」
彼女の目が大きく開く。 よかった…… 彼女は私欲の為にチカラを使っていないと確信する。
「飛島春翔君。 彼は私の命をそのチカラで救ってくれたんです。 あなたの弟さんなのでしょう? 」
「飛島…… そっかぁ…… よかったぁ…… 」
微笑んだ彼女の目にはみるみる間に涙が溢れ、私の肩を拘束していた手から力が抜けた。
「ってことは五号君と友達なんだね? 大きくなった? カッコいいかな? もしかしてゆかりちゃんは彼女なの? 」
涙声で質問を浴びせてくる彼女に、もう先ほどまでの殺気は感じない。 私も気が抜けてしまい、足腰から力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「大丈夫!? ゴメン、びっくりしたよね? 」
「あはは…… 大丈夫です 」
考えてみればここは高層ビルの屋上のフェンスの外。 足場は50センチもない場所に立っていたんだと思い出すと、今度は体が緊張して動かなくなってしまった。
「すぐ降りるから! 」
彼女は私を抱きしめるように包んで跳ぼうとする。
「待って下さい! このまま…… そう! 私の自宅に跳んでもらえませんか? 」
落ち着いて話をしなければと思った。 失礼だけど、彼女の身なりはボロボロで持ち物も背中に背負った大きなリュック一つ。 春翔君と同じように身を潜めて生きてきたであろう彼女が、突然この街に現れたのはきっと相応の理由があるはずだ。
「あの奥の15階建てのマンションです。 屋上に行ければ、エレベーターで降りれます 」
彼女からの返事はない。 ポカンと口を開けて私を見つめていたのだった。
「…… 中里さん? 」
「…… えっ? いや…… わたし達を理解してくれる一般人もいるんだなぁって 」
やがてポロポロと涙をこぼす彼女。 春翔君とは違い、よほどツラい思いをしてきたんだろうと予測する。
「はい。 そのチカラはとても素敵なもので、特別な人間にしか使えないんですから 」
中里さんはギュッと私を抱きしめてきた。 少し嗚咽も混じっていたけど、聞かなかったことにする。 首に回された腕にそっと手を添えると、フッと景色が切り替わって一瞬で自宅のマンションの屋上に降り立つ。 かなり距離があるはずなのに…… やはり春翔君より跳べるんだ、この人。
「いいの? 」
私を背中から抱きしめたまま彼女は言う。 それは『わたしを信用していいの?』と『後戻りは出来ないよ?』と二つの意味に取れた。
「はい、お話しましょう 」
春翔君と会わせるかはその話次第。 彼に害を及ぼす恐れがあると判断すれば、申し訳ないけどこの神橋市を去ってもらうつもりだ。
「どうぞ 」
住人専用のカードキーで屋上の出入り口を開けて、私は中里美織というクローンを家に招いたのだった。




