4話 思い出の公園
秘密の特訓を済ませた二人は市民道場を後にし、バスで帰宅の途に就く。 二人の自宅は陵州高校から西側の住宅街の外れで、学校まで通うのにバスで30分。 春翔の自宅はそこから更に40分ほど歩く。
「春君、ちょっと話そうよ 」
バスを降りた美紀は、二人の帰宅路の分岐点になる小さな公園の前で彼を手招きした。 この公園は、二人が初めて出会った思い出の場所だ。
「話? なんの? 」
「昼休みに聞きそびれた薬の話。 ここなら誰も来ないだろうし 」
美紀はブランコに座って勢い良く漕ぎ始める。 今は元気いっぱいの彼だが、元々は心臓が弱くこの公園で倒れたこともあった。
春翔と美紀の出会いは6年前になる。 春翔が自宅近くの公園で一人で遊んでいると、同じく一人公園でブランコに乗っていた美紀が胸を押さえて倒れたのだ。 様子がおかしいことに気付いた春翔が駆け寄って抱き起こすと、真っ青な顔色の美紀は息をしていなかった。
肌がどんどん青紫色に変わっていく美紀を見て春翔は慌てふためき、無我夢中で背中に背負って、遠くに見えた赤十字の看板目掛けてテレポートしたのだ。
ロビーで『助けて!』と叫ぶ春翔に医師達はすぐに美紀に心肺蘇生を施し、担ぎ込んだタイミングが速かったお陰で美紀は後遺症もなく蘇生できた。 以来、春翔を命の恩人と慕って学校生活を共にしている。
「心配ないって。 それよりお前の体の方はどうなんだよ? 」
「僕? 秘密の特訓もあってすこぶる良好だよ。 スタミナつけないと連戦は厳しいけどね 」
彼は心臓発作を起こしてから、リハビリとして少年空手を学び始めた。 適度に心臓に負荷をかける事と体を鍛えるのが目的だったが、センスが良く今では八段の腕前である。
「僕の動体視力はそこそこみたいだよ。 春君と組み手してるおかげ…… って、それはどうでもいいよ! 薬の効き目、少し調整してもらったら? 」
「えっ? なんで? 」
「だって、学校で眠気と戦ってるなら授業どころじゃないじゃん 」
とはいっても、春翔の学力は決して悪くない。 特に暗記ものには強く、元研究所員の飛島純一を父親に持つだけあって理数系も得意だ。 実力はあるが、敢えて上位に名前を連ねて目立たないよう調整しているのだ。
「まあ大丈夫だよ 」
美紀は口を尖らせるも、短く答えた春翔にそれ以上追及はしなかった。 乗っていたブランコを再び漕ぎ、勢いをつけて前方に飛ぶ。 見事な着地をして両手を上げ、春翔に振り返った。
「春君がそう言うなら僕も何も言わないけど。 春君が倒れたら、今度は僕が助ける! 」
「倒れないから心配すんな 」
「そこは『頼むわ』でしょ! 少しは僕を頼ってほしいなぁ 」
「頼ってるじゃないか。 チカラの秘密はお前しか知らないんだし、何回もチカラを使わずに済んだ時はある 」
春翔のチカラを知った美紀は純一からトップシークレットだと聞き、出来るだけ春翔の側にいてサポートをしてきた。 彼のその行動の根底には、命の恩人ということよりも大好きな友達を守りたい想いにある。
「チカラがバレたって、僕は君の側にいるから! 君は一人じゃないんだからね! 」
美紀は彼に目一杯叫ぶと、満面の笑みを向ける。
「声がデカイって 」
春翔も微笑んで答え、ふと空を見上げる。 徳間昭三と転落したクローン以外の3人は未だ行方不明で遺体も見つかっていない。 どこかで生きているのかも…… と、春翔は心の中で呟くのだった。