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39話 その理由(わけ)

「完全下校時間は過ぎてますよ、本條さん 」


 積み上げた書類越しに、近江は本條に先制攻撃を仕掛ける。 本條が人目を忍んで近江に粘着するのは、近江が持ち帰った薬が目的だった。 こんな注意だけで引き下がってくれるとは近江も端から思っていない。


「とぼけないで。 アレを返してちょうだい 」


「えっ!? 」


 突然話を打ち切られ、スピーカーからは ガサガサとノイズのような音。 その中に近江と本條の声が聞こえて、春翔はスマホを耳に張り付けてその様子を窺う。 近江との通話は切れておらず、彼女はハンズフリーモードの解除と通話終了のボタンを間違えてポケットにしまい込んだのだ。


「先ほども言いましたが、私は持っていません 」


「嘘よ。 私の邪魔ばかりしてアナタは何様のつもり? 」


「何様のつもりもありませんし、邪魔をしているつもりもありません。 体調が優れないのはあの薬のせいでしょう?  」


 近江を睨む本條の表情が険しくなる。


「アナタには関係ないわ 」


「そうですか。 関係ないのなら私もお話しすることは何もありません。 お帰りください 」


 そう言い切って近江は丁寧にドアを手で指す。 しばらく近江を睨み付けていた本條だったが、大きなため息をひとつついて素っ気なく口を開いた。


「アレを手に入れるためよ 」


 ピクッと近江の眉が動くと同時に、スマホの向こうの春翔も眉間にしわを寄せる。


「アレ…… ですか? 」


 アレとはもちろん空間転移能力のこと。 わかりきっているのに伏せようとする本條の態度に、近江の口調は彼女らしくなく冷たいものになる。


「アレの存在を立証するのよ。 アナタにはなんの事か分からないでしょうけど 」


「二階堂隆志さん、ですか? 」


「先輩!? 」


 驚いたのは春翔だった。 言わなければ話は終わっていたかもしれない。 本條の目に初めて感情の色が付いた。


「そうよ! パパの無念を晴らすのは私の使命なのよ! 20年間苦労して研究を続けてやっと成功した結果を、たった数週間で無にされたパパの気持ちがアナタに分かる!? 」


 感情を剥き出しにする本條を前に、近江は表情を変えず彼女を見据える。 その手は僅かに震え、恐怖を堪えるように固く握っていた。


「徳間が潰れてから何処の研究所からも相手にされず、途方に暮れたパパは私の目の前で自殺したのよ! その無念がアナタに分かる!? 」


「本條さん…… 」


 本條の頬は涙が伝っていた。


「ママも頑張っていたけど、耐えきれずに鬱になったわ! 今も精神科のベッドの上から離れられない! 私がやるしかないじゃない! 」


 尚も訴え続ける彼女に、近江の表情も歪む。


「でもあなたのやっていることは何の意味もないんです 」


「何も知らないくせに知った風な口を利かないで! 」


「知っているから言うんです。 『多能性幹細胞』を服用したって、テレポートを手に入れられない事はわかってらっしゃるのでしょう? 」


「ダメだ先輩! 」


 春翔がスマホ越しに叫んだが、その声は近江には届いていない。


「嘘よ! やっと相手にしてくれた研究所から大金叩いて得た情報なのよ! 」


「とても信頼できる方に成分検査を依頼したんです。 その方によれば…… 」


「やっぱりアナタが持っていったんでしょ! 返してよ! 」


 本條は狂気に似た叫びを上げて近江の腕に掴みかかり激しく迫る。


「聞いてください! 」


 近江の一喝に本條の体が跳ねて動きが止まった。 握った手だけでは震えを抑えられず、本條にまで伝わる。 だが近江は真っ直ぐ本條を見据え、諭すように静かに口を開いた。


「薬はもう戻ってきません。 アレを飲んでも体内に取り込む事は出来ないのはご存じの筈。 一度でも効果はありましたか? 」


 ギリっと本條の奥歯が鳴る。


「惑わされてはいけません! あなたのお父様だって、あなたがこんな状態になることを望んでいたと思いますか!? 」


「うるさい!! クローンのアナタに何がわかるって言うのよ! 」


 本條は近江を力いっぱい突き飛ばした。 バランスを崩した近江は床に倒れ、弾みでスマホがポケットから転がり出てソファの下に滑る。


「『空間転移』のせいで…… アナタのその力のせいでパパは死んだ! ママも狂ってしまった! 私の家庭は崩壊したのよ! 」


「そういう事、でしたか…… 」


 今までの彼女の行動を振り返って近江はそう呟く。 と、本條はポケットに手を入れた。 抜いたその手には一本のカッターナイフが握られていたのだった。

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