38話 嘘と真実(春翔SIDE&ゆかりSIDE)
午後の授業が終わり、心配だったゆかり先輩の元に行こうとすると早速絵里が絡んできた。
「近江会長のとこでしょ? あたしも連れてって 」
事情が気になる絵里は、俺にくっついて状況を知ろうと強行してくる。
「行かないよ。 ほら、美紀の試合が近いからさ! 道場に練習に…… 」
「嘘つくな。 アンタの嘘はすぐわかるんだから無駄よ。 あのさ春翔…… そんなにあたしが邪魔? 」
途端に切ない表情になる絵里に、どう説明していいものか……
「邪魔だなんて思ってない 」
「じゃあ何? 何を隠してるの? 」
くそ……
「言っただろ? お前がメッチャ大事だから言えないって。 わかってくれよこの気持ち…… 」
歯が浮くようなセリフだが、これが俺の本心だ。 ほら、絵里だって顔真っ赤じゃん。
「おー! 飛島が高坂に告白してるぞ! 」
「「「きゃー! 」」」
クラスの誰かが言うと、帰り支度をしているみんなに取り囲まれた。
「飛島ぁ! こここ…… 公開告白とは貴様はぁ!! 」
後ろから蘇我に持ち上げられて廊下にぶん投げられた。 なんていうバカ力だよ! というか、厳つい顔のクセにうぶなんだな。
「いいぞ! やれ悠人! 」
「負けんな春翔! 嫁を取られんな! 」
外野は『ハルト! ハルト!』と大はしゃぎだ。 どっちの応援をしてるんだか…… だが廊下に投げ出されて助かったかもしれない。
「蘇我! 絵里を頼む! 」
「あっ! 春翔! 」
「春く…… ん!? 」
未だ赤い顔の絵里を置きざりにし、俺はちょうど迎えに来た美紀を肩に担いで校舎を飛び出したのだった。
「あっはははは…… そうなんだ! 」
「笑い事じゃねぇよ! 」
市民道場に逃げ込んだ俺は、毎度のようにカーテンを閉め切って鍵をかける。 絵里から逃げ出せたはいいが、ゆかり先輩と話も出来ず未だに連絡が来ていない。
「ゆかり先輩、大丈夫だよな? 」
本條恵のあの目がとても気になっていた。 平気で人を殺しかねない…… いや殺人者を目の当たりにしたことはないが、何かに取り憑かれた目のように感じた。
「大丈夫だよ! 学校内だし、無敵の生徒会長だよ? 」
美紀の冗談は今は俺には響かない。 とりあえず連絡を待っているとメールを送信し、返信が来るのを待つしかなかった。
「久々に組み手する? 」
ゆかり先輩を助けて以来、道場での練習はしていなかった。
「よし! 全力で来いよ! 」
モヤモヤする気分を払拭しようと、俺もチカラ全開で美紀に挑むのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
生徒会室に差し込む夕日も途切れ、夜のひんやりとした風を受けたくて私は窓辺に立って外を眺める。 生徒会役員を見送った後、私は一人生徒会室に残って本條さんの事を調べていた。 春翔君はもう自宅に戻った頃だろうか…… 彼の心配する顔が目に浮かんで、無事ですと一言くらい連絡を入れておけば良かったと苦笑いになる。
「高坂さん…… 可愛い子だったなぁ…… 」
本気で春翔君に恋している事と、とても仲がいいことに少しヤキモチを妬いてしまう。 いやいや、春翔君を想う気持ちで負ける気はさらさらありませんけど! 本條さんの調査が整理が出来てから彼に連絡しようと思っていたけど、無性に声が聞きたくなって電話してみた。
ー はい! 無事ですか先輩!? ー
ほらやっぱり慌ててる…… すぐに安否の連絡はするべきだった。
「大丈夫ですよ。 あの後本條さんもすぐ出て行ってしまいましたから 」
なによりも私の事を心配してくれる気持ちが嬉しい…… 胸の奥にある黒いモヤモヤを吹き飛ばしてくれる。
「本條さんの事なんですけど、色々と探ってみて新たな事実が出てきました 」
ー 探ってって…… 危ない事はしてませんよね!? ー
ふふ…… 本当に彼の言葉はあたたかい。 返事を返さなければ彼は追及してくるだろうか? 可愛くて少し意地悪をしてしまいたくなったけど、『心配ありません』と答えておいた。
「それでですね…… 本條さんのご家庭なんですが、7年前に両親が離婚しているようです。 本條は母方の旧姓で、父方は二階堂です。 お父様は心当たりないでしょうか? 」
ー 親父も今調査に出て行ってしまって。 後で聞いておきます ー
「よろしくお願いします。 それと、こんな記事を見つけました 」
スマホをハンズフリーに切り替えて、カメラをパソコンの画面に向ける。
ー 〈自殺又は事故か〉…… これ、過去の新聞記事ですか? ー
「はい。 本條さんは元々別の街で暮らしていて、小学校卒業と同時にこの神橋市に来ています。 この記事の方の名前は伏せられていますが、追っていくと二階堂隆志さんでした。 彼女の父親でしょう 」
ー どうやって調べたんですか? ー
「企業秘密です 」
春翔君の唖然としている顔がスマホに映っている。 引かれたかな…… でも引かれても、彼が安全に暮らせる為なら私は止める気はない。
「おそらく二階堂さんは徳間研究所の職員です。 明確な理由ははっきりしませんが、彼女が『空間転移』能力にこだわるのは父親が関係しているんじゃないかと 」
ー 父親が死んだのはチカラのせい…… ということですか? ー
私はスマホの春翔君を無言で見つめる。 結論付けるのは早く、私の憶測でしかない部分が多々あるから『はい』とは言えなかった。
ー 先輩、もう十分ですよ! あの人は危険だ! ー
春翔君も彼女の殺気が籠った視線に気付いていたらしい。
「いいえ、同じ高校に通う以上は逃げ場はありません。 根本的に解決しないと、彼女はこの先脅威に…… 」
会話の途中で生徒会室のドアが静かに開いた。 完全下校時間はとっくに過ぎている…… 誰がドアを開けたのかはすぐに予測できた。
「また連絡します 」
短く彼に告げて通話を切り、ノートパソコンのモニターを閉じて来室した彼女に備えた。