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32話 疑い(ゆかりSIDE)

 佐藤さんと少し会話した後、トイレを済ませて生徒会室へと戻る。 手を洗っていると、鏡越しに奥の個室に誰かが入っていくのが見えて、すぐその後に嘔吐する音が聞こえた。


「…… 」


 かなり苦しいらしく、吐き続ける彼女が気になって水道を出したまま振り返る。 しばらく様子を見ていたけど、止まらない嘔吐の声に心配になり、個室に駆け寄ってドア越しに声を掛けた。


「大丈夫? 先生を呼んできましょうか? 」


 ドアをノックして呼び掛けたけど、吐く声が続いて応答がない。 何度かノックと呼び掛けを続けると、やっと鍵の開く音がした。


「あ…… 」


 個室から出てきたのは、真っ青な顔色の本條さんだった。 彼女はじっと私を見据えた後、何も言わずに洗面所へ向かって手を洗う。


「本條さん、大丈夫? 」


「…… 大丈夫だから放っておいて 」


「でも…… 」


「放っておいてって言っているの! 」


 強めに拒否されて、それ以上の心配は逆効果だと判断した。 彼女は濡れた手でスカートのポケットをまさぐり、ハンカチを取り出したその時だった。


  カシャン


 ポケットからハンカチを出したと同時に、透明のケースが床に落ちて中身をばら蒔いた。 彼女は慌ててばら蒔いてしまった白い粒を拾い集める。


「手伝います 」


 それを手伝おうと、粒の1つを拾おうと手を伸ばした時だった。


「触らないで!! 」


 鬼のような形相で彼女に睨まれ、大声で怒鳴られた。 睨み付けるその目は殺気すら感じさせ、その錠剤が彼女にとってよほど重要な物であると予想出来た。


 錠剤…… お薬ですか……


 思わぬところで春翔君との共通点を見つけ、彼女がクローンである可能性を疑う。


 彼女は拾い集めた錠剤をハンカチに乱暴に包み、もう一度私を睨んでトイレを出ていった。


 走り去っていく足音を確認して、私はタイル張りの床に目を凝らす。


「…… 」


 探したのは彼女が回収し損ねた錠剤だ。 白いタイルに白い錠剤。 あれだけ慌てていたから、一粒くらい見逃した可能性がある。


「ありました…… 」


 指で拾い上げようとしてふと思い留まる。 ポケットティッシュを出し、指に触れないようつまみ上げた。


「それでさー! 」


 と同時に部活動が終わった子達がワイワイとトイレに入ってきた。


「ふあっ! 近江会長先輩!? こんにちは! 」


 突然声をかけられて錠剤を落としそうになる。


「何してるんですか? 」


「えっと…… ゴキブリさんをちょっと 」


「「「んぎゃああっ!! 」」」


 見られて面倒な事になっても困ると、咄嗟に思い付いた嘘だった。 想定以上の効果が出て、彼女達は絶叫して壁に張り付いていた。


「せ…… 先輩! 指が腐っちゃいますよ! 」


「握り潰さないですよね!? 」


 ゴキブリは平気な方だけど、それは流石に無理です…… 『始末しておきますね』とティッシュを両手で包み、そそくさとトイレから逃げ出す。


「ふぅ…… 」


 人の目がないのを確認して、ティッシュを開いて中を見る。 トローチより少し小さいくらいの白い錠剤…… 春翔君が服用しているものよりはかなり大きい。


「解析出来るでしょうか…… 」


 これが何の薬なのかわかれば、彼女が彼のお姉さんなのかもハッキリする筈。 解析を頼めるのは私が知る限り一人しかいない。


 ー こんにちは春翔君。 突然メールしてごめんなさい…… ー


 もしかしたら本條さんがなくした一粒を探しに来るかもしれない…… 手早く春翔君にメールを送り、お父様の力を貸していただけないか確認することにした。




「遅かったねゆかり。 もしかして大きい方? 」


 ニヤニヤしながら聞いてくるユリエさん。 お嬢様なのにこういう話が好きなんだから。


「いえ…… 女の子の日なもので 」


「うぅ…… ゆかりってば本当につまらない 」


 そんな彼女の対策はもうお手のもの。


「会長! 新橋先輩がいるんですよ!? 」  


 いつも私の代わりに顔を真っ赤にするのは芹香ちゃんだ。 亮太君は…… あら、少し顔が赤い?


「大方書類の整理は終わったから  」


 自前のノートパソコンを閉じながら亮太君はパッと机を片付けて、『お先』と短い挨拶で生徒会室を出ていく。 これもいつもの事。


「私達もここまでにしましょうか。 お疲れ様でした 」


 今年を含めて陵州祭は後2回。 後輩が最高のラストの学園祭を作れるように、現生徒会メンバーには遅くまで頑張ってもらっている。


「飛島ですかぁ? 」


 片付け最中に返信メールが来てスマホを開くと、背後から圭ちゃんが顔を覗かせた。


「こら! 他人のメールは覗いちゃダメですよ 」


 慌てて画面を隠すと、彼女は『ごめんなさい』と舌を出し給湯室へ逃げ込んだ。 口では冴えないと言っていても、春翔君が気になっているんですね。


 後で折り返し連絡する旨を伝え、皆と下校する。 皆と私の帰宅路は校門を出て反対方向。 一人になったところで、春翔君に電話をかけた。


 ー 錠剤の検査ですけど、成分検査位なら出来ると親父が言ってました ー


「そうですか。 では…… 突然ですがこれからお邪魔してもいいですか? 」


 ー ……  えっ? あ、いや…… いいですけど、ウチは遠いですよ? ー


 いいと聞いてすぐに方向転換し、バス停へ向かう。


「錠剤を今日お渡ししておきたいんです。 結果によっては急を要すると思いますので 」


 ー わ、わかりました! じゃあ学校前からバスに乗って、中の端(なかのはた)で降りて下さい。 バス停まで迎えに行きます ー


 夕暮れのオレンジ色はもう消えてしまう時間。 私のワガママで自宅に押し掛けるというのに、私一人で夜道を歩かせまいとする気遣いが嬉しい。 自然と胸が高鳴ってしまう。


「そういえばお返事、貰えてませんね…… 」


 『お慕いしている』では告白とは取られなかったのかも。 この一件が終わったら胸の内をストレートに伝えてみようと決意して、ちょうど到着した中の端方面のバスに乗り込んだのだった。

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