30話 交錯する思い
翌日、絵里は一時間遅れで登校してきた。 足にはがっちりと包帯を巻き、両手には松葉杖。 友達が取り囲んで心配し、苦笑いで応対する彼女を遠巻きに見守る。
「絵里ちゃん!! 」
嗅ぎ付けた美紀が早速絵里に絡んでいた。 しこたま怒られる彼女がチラッと俺に目線を向けるが、正直どう接すればいいか戸惑う。
あたしはあんたが好き
あんたを諦めないから
ゆかり先輩同様、絵里が危険な目に合わないよう…… いや、それよりも絵里に嫌われるのが怖かった。
俺がチカラを持っていると知ったら。 俺がクローンだと知ってしまったら。
それでもアイツは『気にしない』と言うのだろう。 でも真実を伝える勇気が今の俺にはない。
「春翔! 」
美紀を押し退けて彼女が俺を呼ぶ。 思わずビクッと反応してガン見してしまった。
「何よそのバカ面。 おはよ 」
「お…… う、おはよ 」
相変わらずの様子にたどたどしく答えてしまった。 美紀は俺と彼女の顔を見比べて『ははーん』とゲス顔になっている。
「おっとぉ、手が滑ったぁ! 」
「ひあっ!? 」
突然絵里が俺に向かって宙を舞う。 美紀が松葉杖を奪い取り、バランスを崩した絵里を一本背負いで投げ飛ばしたのだ。
「おいっ! 」
咄嗟に椅子から立ち上り、綺麗な弧を描いて飛んできた絵里を受け止める。
「美紀! お前何考え…… 」
「大丈夫だよ。 春君は絶対落とさないもん! 」
松葉杖を絵里の席に丁寧に立て掛けて逃げていく。 俺の腕にすっぽり収まった絵里は、目を丸くして放心状態。 アイツ、受け止めやすいように投げやがったな!
「大丈夫か? 」
「うん…… ありがと…… 」
何故かクラスからパチパチとまばらな拍手が起きる。 ナイスキャッチの意味なのか、美紀の華麗な一本背負いに対してなのか……
「飛島ぁ!! 貴様は高坂にまで手を出すのかぁ! 」
「なっ!? 蘇我! 」
真っ赤に怒り狂った蘇我が俺の後ろ襟首を掴んで来た。 待て待て! お前はゆかり先輩ファンじゃなかったのかよ!
「同じハルトでもアンタは嫌! 」
絵里の会心の一撃に蘇我はうなだれてその場に沈み、クラスは笑いの渦が巻き起こる。
「んで、診察の結果はどうなんだよ? 」
彼女を席に下ろして怪我の具合を聞く。
「二、三日はあまり動かさないようにして、具合見ながら適度に動かしてくれってさ。 意識しすぎて庇うのも良くないんだって 」
「良かったな、足を切らなくて済んで 」
「えっ! 絵里、そんなに重傷だったの!? 何があったの飛島君! 」
彼女と仲の良いクラスの女子達が俺達を取り囲んできた。 心配しているというよりは、アクシデントを知りたいという顔だ。
「イルカ見ててコケたんだよ。 すぐに病院行けばいいものを、コイツずっと我慢してさ 」
「うっさい! あれはあんな所に瓶を捨てた奴が悪いのよ! 」
「なにそれウケる! それって彼の為? 」
「違うんだって! ミキが…… 」
懸命に反論する絵里を生け贄に、俺はその輪から静かにフェードアウトする。 容赦なく核心をついてくる女子トークは苦手だ。 そのまま教室の外まで逃げると、そこにはニコニコ顔の美紀が立っていた。
「お前な…… 」
「絵里ちゃんを泣かさないでよ? 春君の次に大好きな親友なんだから 」
親友…… ね。 美紀の絵里を見る目や態度が他の女子とはちょっと違う事は前から気付いていた。 美紀は絵里が好きなのだ。 だから俺は…… いや、それは違うか。
「うん? 」
「いや、何でもない 」
美紀の頭を押さえつけるように撫でて教室に戻る。
美紀も俺が絵里を好きだと気付いているだろうし、絵里の気持ちにも気付いて俺と付き合わそうとしている。 水族館での様子を見ればそれは明白だ。
だが俺は人間じゃない。
絵里を不幸にしない為にも、美紀ならアイツを任せてもいいと思っていたのに…… 余計な事をしてくれるものだ。
絵里の様子を横目で見ると、まだ友達に質問責めになっていた。 俺はそのまま自分の席に戻り、頬杖をついて外を眺める。
気持ちのいい青空…… 美紀にも絵里にも、この青空のように幸せになってもらいたい。 俺はこの先どうするべきか…… 考えておかなきゃな。