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2話 クローン

「さてと……  お腹もいっぱいになったし、眠気覚ましに屋上行かない? 」


 美紀はキレイに平らげた弁当箱を包み直して席を立つ。 春翔もやれやれと重い腰を上げ、彼の後を気だるそうに追った。 途中、美紀のファンの熱い視線を浴びながら、他愛もない会話をして校舎の屋上へ。 昼休みも終わりが近く、屋上には彼らの他にはもう人影はなかった。


「うーん、風が気持ちいいね 」


 美紀は両手をいっぱいに広げて伸びをする。 春翔はポケットから錠剤を一つ取り出し、口に放り入れるとペットボトルのお茶で一気に流し込んだ。 美紀はふと辺りを見回して他の生徒が側にいないことを確認すると、心配そうな顔で春翔に尋ねた。


「それ、この前から飲んでる薬だよね。 昼休みに眠たそうにしてるのってそれのせいだよね? 」


 春翔は朝と昼にこの錠剤を飲む。 高校に入ってから、一日置きに必ず飲むよう父親に渡されたものだった。


「副作用だよ。 親父はいずれ安定するだろうとは言っていたけど…… まあ一年前よりはマシだよ 」


「なんの薬? まさか例のチカラを消滅させるとか…… 」


「そんな便利な薬があるならとっくに使ってるって。 体細胞の成長抑制剤なんだとよ 」


 飛島春翔は人間ではない。 10年前に、特殊能力開発プロジェクトの凍結と同時に閉鎖された『徳間研究所』のクローンの生き残りだ。 その為、彼の体は人間の二倍の成長スピードで、人間と同等に生活していく上でその成長スピードを抑えてやる必要があった。 彼が周りより大人びているのも、中学に上がって成長スピードが増したためである。


「でもさ春君、副作用が強いなら…… 」


 美紀が何かを言おうとしたその時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


「あっ! 春君、今日練習だからね。 迎えに行くから教室で待っててね 」


 次の授業が教室移動だと思い出した美紀は、春翔にそう告げてダッシュする。


「お…… おー…… 」


 何気なく返事を返した春翔だったが、既に美紀の姿はない。 『やれやれ』とため息をつき、大きく伸びをして、彼もまた屋上を後にした。




 放課後、春翔と美紀は陵州高校の近くにある市民道場へと来ていた。


「おやミキちゃん、秘密の特訓だね! 」


 受付名簿に名前を書く前に、初老の管理人が鍵を差し出してきた。 もう顔見知りで、美紀のファンなのだ。


「見ちゃダメですよぉ? 」


 爽やかな笑顔を管理人に向け、丁寧に鍵を受け取る。  二人は週2回、空手の練習としてここの一室を借りているのだ。 市民道場と言っても、町内会館の一室を畳張りにしただけの40畳程の多目的部屋。 一ヶ月の利用者は春翔達を除いてほぼいない。


 二人は室内に入るなり、ドアの鍵を閉めた。 申し合わせたかのように二手に分かれ、次々とカーテンを閉じていく。 外はまだまだ明るいが、秘密の特訓であるから外部からシャットアウトする為だ。


「さぁやろうか春君! 」


 室内灯を点け、鞄を部屋の隅に置いたばかりの春翔の背中目掛けて、美紀は鋭い下段蹴りを繰り出した。


  パシュン!


 ビュンと風を切る音と共に、美紀の蹴りは空を切って空振りに終わる。 底にいた筈の春翔は、美紀の数m背後に瞬時に移動したのだ。


「あぶなっ! おい、準備運動くらいさせろよ ! 」


 勢い余った美紀はその場で一回転するが、すぐに姿勢を立て直して春翔に向き直る。


「実戦に準備運動なんてしてる余裕ないでしょ ! 」


 美紀の動きは速い。 小柄な体格を活かしたスピードのある連撃が春翔を襲う。


「ちょちょっ!! 待てって! 」


  パシュン


 春翔はまたも美紀の前から消えて、間合いを大きく取るように部屋の隅に現れた。 そう、彼はテレポートという特殊能力を持っているのだ。


「実戦なんてないから! チカラに慣れる為なんだろ?  」


「なに言ってんのさ! チカラは使わないって言ったのに、この前駅のホームで転移()んじゃったでしょ! 」


 美紀は怒りながら春翔に向かっていく。


「仕方ないだろ! 跳ばなきゃあの子供は電車に轢かれてたんだぞ! 」




 一か月前、春翔と美紀が隣町まで電車で遊びに行った帰りの事だった。 ホームで電車待ちをしていた二人の向かいのホームで、親子が同じく電車待ちをしていたのだ。 親はスマホに夢中で、子供はホームを走り回っていた。


 やがて電車到着の案内が流れ、ホームに電車が滑り込んできたその時だった。 子供が飛び出して線路に落ちたのだ。 あまりにも突然の事で周りの人達も動けず、子供は気を失って動かない。


 電車は急ブレーキをかけたが間に合わなかった…… 筈だった。 気が付けば子供は線路上から移動し、ホーム下の隙間で泣いていたのだった。




「誰も見てなかったみたいだからいいけどさ! バレたらヤバいんでしょ? 」


「う…… ん、まぁ 」


 テレポートを持つことがバレれば、春翔は国家から追われることになる。 10年前のクローンの生き残りであることは、絶対外部には漏れてはならない事なのだった。

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